2011.12.13

「無料低額宿泊所」問題に関する意見書

第1 意見の趣旨

無料低額宿泊所のうち,多数の要保護者を長期間入所させて食事や日用品等を提供する業者については,本来,第1種事業に該当するにもかかわらず,無許可で経営しているものであるから,社会福祉法131条2号に基づき,刑事罰を科すことができるというべきである。

無料低額宿泊所に対しては,早期に社会福祉法70条に基づく調査権限を行使し,その経営実態を把握するとともに,事業に関し不当に営利を図り,利用者の処遇につき不当の行為をしている場合には,同法72条1項または3項に基づいて経営の制限又は停止命令を積極的に発動するなど適切にその権限を行使されたい。

一般住居への転居支援の促進,苦情申出先としての運営適正化委員会の体制整備,当事者への情報周知の徹底などによって,意に反して上記のような宿泊所での生活を強いられている当事者の救済を図られたい。

ケースワーカーを増員するなど,路上生活状態にある者に対する居宅確保を援助する体制を整え,生活保護法が要請する居宅保護の原則を徹底されたい。

第2 意見の理由

  1. はじめに
    近時,「貧困ビジネス」と呼ばれる業態が社会問題化している。これは,路上生活者が生活保護を受給するにあたり,無料低額宿泊所等を経営する業者が,宿泊料や配食などのサービス料名目で保護費の大半を差し引くため,本人の手元にはわずかな金員しか残らない,というものである。このような業態は,生活困窮者が屋根の下で眠ることと引替えに,対価に見合わない劣悪な居住環境やサービスの利用を事実上強制する結果につながり,看過しがたい人権侵害を引き起こしている。
    埼玉県内においても,この「貧困ビジネス」に該当する施設がいくつも見られるところであり,利用者は,退去したくてもそれができず,施設利用の継続を事実上強制される状態に陥っている。
    当会は,この問題に関し,1.業者に対しては早期に適切な権限を行使して規制を行い,2.施設利用者に対しては各種の救済措置をとり,3.これから施設に入る可能性のある生活困窮者に対しては居宅確保に向けた体制整備を更に促進する措置をとられることが,上記のような人権侵害を阻止するために必要不可欠と考える。
  2. 無料低額宿泊所の問題
    無料低額宿泊所については,次のような問題が指摘されており,それらの問題を招いた原因は,社会福祉法の解釈の誤りにある。
    1. 指摘されている問題
      • 高額・趣旨不明な施設(サービス)利用料
        多くの場合,利用者は,生活保護費から高額な利用料を徴収されている。また,その利用料の趣旨も不明である。食費,光熱費,管理費,共益費等の名目になっていても,その中身は,後述のとおり高額な利用料の対価として釣り合うものではない。
        中には,各利用者に対し1日500円と1月5000円の現金(合計約2万円)を渡すのみで,残りの保護費をすべて徴収している業者もあり,その利用者たちは,自身に支給される保護費のほとんどを業者に取られている。
      • 対価に見合わない劣悪な居住環境やサービス内容
        上記のような高額な利用料が徴収される一方で,提供される居住環 境やサービス内容は,対価に比して劣悪であることが指摘されている。まず,居住環境については,築数十年の一軒家の6畳の居室をベニヤ板で2つに区切ったものや,雑居ビルの一室を複数の二段ベッドで区切ったものなどがあると言われている。
        次に,食事についても,レトルト食品やカップ麺,調理前の米など,対価に見合わない配食しかされていない例が報告されている。また,配食以外のサービスについては,さしたるサービスがなされていない例が多い。
      • 当事者に選択・離脱の自由がないこと。
        とりわけ問題なのは,このような施設への入所や,配食等のサービスの利用が事実上強制されていて,当事者に選択・離脱の自由がないことである。
        つまり,路上生活者にとって,路上生活状態を脱却して屋根の下で眠ることは,その生死や健康に直接関わる極めて切実な要求である。したがって,これらの者は,無料低額宿泊所等を経営する業者の要求には従わざるを得ない。一部の悪質な業者は,その弱みにつけ込むような形で,施設に入所させて生活保護を受給させる際に,部屋の利用だけでなく,対価に見合わない配食等のサービス利用まで受けることを当然の前提としており,中には,サービスを利用しないのであれば退去するといった内容の誓約書を書かせる例や,利用者から生活保護費の振り込まれる通帳を預かり,金銭管理を行う例も報告されている。路上生活に逆戻りしたくない生活保護利用者にとしては,サービス利用を拒否することは到底できないため,事実上,サービスの利用が生活保護利用と「抱き合わせ」となって強制されているのである。このため,生活困窮者は,業者に囲い込まれて離脱することもできず,本来「一時的な宿泊の場」に過ぎないはずの無料低額宿泊所が恒常的な生活の場となっている。
    2. 社会福祉法の解釈の誤りが原因 このような悪質業者に対して行政の規制権限が適切に行使されてこなかった大きな原因は,平成15年7月31日社援発第0731008号厚生労働省社会・援護局長通知が社会福祉法の解釈を誤り,本来であれば許可を得なければ第1種社会福祉事業(以下,「第1種事業」という。)を営むことができない者が無許可で同事業を営むことを容認してしまったことにある。
      • 第1種事業と第2種事業の位置付け
        • 第1種事業
          社会福祉法は,社会福祉事業を,第1種事業と第2種社会福祉事業(以下「第2種事業」という。)とに区別して規制している。このうち,第1種事業に分類される事業の大部分は,人が入所して施設を利用することから,生活の大部分をその施設の中で営むことになり,そこでの生活の内容が個人の人格に対して非常に大きな影響を及ぼしうる。そのため,経営の適正を欠くようなケースが生じれば,非常に重大な人権侵害を生ずる可能性があり,事業経営の適正性を確保することが不可欠であることから強い公的規制を行うこととされている(社会福祉法令研究会編『社会福祉法の解説』69頁)。具体的には,「国,地方公共団体又は社会福祉法人が経営することを原則と」し(同法60条),その他の者が経営しようとする場合には,都道府県知事(同前)の許可を受けなければならず(同法62条2項,126条),無許可営業に対してはただちに罰則の適用がある(法131条2号)。無料低額宿泊所に関連する第1種事業には,社会福祉法2条2項1号の定める「生計困難者を無料又は低額な料金で入所させて生活の扶助を行うことを目的とする施設を経営する事業」がある。
        • 第2種事業
          これに対し,第2種事業は,事業実施に伴う弊害のおそれが比較的少なく,その事業の展開を阻害することのないよう自主性と創意工夫とを助長することが必要と考えられるため,第1種事業と区別され,比較的緩やかな規制が課されている(前掲『社会福祉法の解説』80頁)。具体的には,国及び都道府県以外の者が第2種事業を開始したときは,事業経営地の都道府県知事(政令市の場合は市長)に法が定める事項を届け出る義務があるが(同法69条1項,67条1項,126条),届出義務違反そのものには制裁がなく,届出義務に違反して事業を経営する者が,その事業に関し不当に営利を図り,もしくは福祉サービスの提供を受ける者の処遇につき不当の行為をしたときは,都道府県知事(同前)は,その者に対し,事業経営を制限し,またはその停止を命ずることができ(同法72条3項),さらにこの制限や停止の命令に違反した者に対しては罰則が適用されることとされている(同法131条3号)。
      • 厚生労働省社会・援護局長通知の問題点
        • 平成15年7月31日社援発第0731008号社会・援護局長通知の問題点
          上記通知は,路上生活状態の要保護者を対象とした施設が社会福祉法2条3項8号の「生計困難者のために,無料又は低額な料金で,簡易住宅を貸し付け,又は宿泊所その他の施設を利用させる事業」に該当する第2種事業として届出を行うケースが急増するなか,居室がプライバシーに配慮されていない等利用者の適切な処遇が確保されていない施設がみられたことから,それらの施設が同号に該当する第2種事業であるとの解釈を前提として,その設備や運営等に関する指針を示した。
          しかし,同号の「簡易住宅」とは,「設備規模は通常の住宅とほぼ同様」のものであり,また,「宿泊所」とは,「一時的な宿泊をさせる場所」である(前掲『社会福祉法の解説』96頁)が,悪質業者の経営する施設は,一般住宅と設備規模を異にしているし,また,一時的な宿泊ではなく,むしろ長期間の入所が一般化している。これを第2種事業としたことには問題がある。
          他方,同法2条2項1号は,「その他生計困難者を無料又は低額な料金で入所させて生活の扶助を行うことを目的とする施設を経営する事業」を第1種事業としているが,ここにいう「生計困難者」に生活保護法の対象となる者が含まれることに問題はなく,「生活の扶助」とは,生活保護法上の生活扶助よりも幅広く,生活に関するすべての扶助を含みうるものである(前掲『社会福祉法の解説』70頁)。したがって,第1種事業は,人が入所して施設を利用し,生活の大部分をその施設の中で営む場合を規制対象としている。そうすると,施設型の無料低額宿泊所のうち,多数の要保護者を長期間入所させて,食事や日用品等を提供する業態は,実は,2条2項1号の第1種事業に該当するものということになる。
          この点で,平成15年7月31日社援発第0731008号厚生労働省社会・援護局長通知は,社会福祉法の解釈を誤り,第1種事業の実体を有する無許可の施設を,第2種事業として取り扱うことにより,本来は許可を得なければ第1種事業を営むことができない者が無許可で同事業を営むことを容認してしまっているのである。
        • 平成21年10月20日社援保発1020第1号厚生労働省社会・援護局保護課長通知もまた問題を抱えている
          上記通知は,第1種事業の許可を得ず,かつ,第2種事業の届出を行っていない施設を「生活保護受給者が居住する社会福祉各法に法的位置付けのない施設」ないし「未届施設」と呼び,社会福祉法による規制が及ばない施設として取り扱っているが,これもまた,社会福祉法の解釈を誤り,本来は許可を得なければ第1種事業を営むことができない者が無許可で同事業を営むことを容認するものである。
        • 各自治体も問題を指摘
          厚生労働省の検討チームが関係自治体に行ったヒアリング結果を見ても,「届出を指導しても,無料低額宿泊施設の要件が明確でないため,実効性のある指導が困難。要件の明確化をお願いする。」(千葉県)として「定義の明確化」を求める一方で,「施設は1種事業として扱うことが適当」(千葉市),「事前許可制の導入」や「事業実施主体の制限」(埼玉県),「ホームレスの方を対象とした現在の事業形態は,そもそもの社会福祉法に規定する『無料低額宿泊事業』とは全く違った形態になっている。」「一般の民間アパート等を利用して,ホームレスの方を入居させ,食事の提供などによりサービス料を徴収する事業者が多数存在している」(大阪市)等の意見が寄せられている。
  3. 現行法上とりうる規制権限を行使されたい
    無料低額宿泊所のうち,多数の要保護者を長期間入所させて食事や日用品等を提供する業者は,本来,第1種事業に該当するのに無許可で経営しているのだから,このような業者については,社会福祉法131条2号に基づき,刑事罰を科することができる。
    都道府県知事(同前)は,事業経営者に対し,「必要と認める事項の報告を求め,又は当該職員をして,施設,帳簿,書類等を検査し,その他事業経営の状況を調査させることができる」(同法70条)。
    そして,調査の結果,事業者が,「その事業に関し不当に営利を図り,若しくは福祉サービスの提供を受ける者の処遇につき不当な行為をしたとき」は,都道府県知事(同前)は,同法72条1項又は3項に基づき,社会福祉事業の経営の制限や停止を命ずることができる。さらに業者がこの命令に違反した場合,それは,同法131条3号に基づき,刑事罰の対象となる。
    仮に従来の行政解釈に従い,第2種事業に該当すると解釈するとしても,同法70条の調査権限を行使し,また,届出の有無にかかわらず同法72条1項又は3項に基づき,経営の制限や停止命令等の権限を行使することができる。
    よって,都道府県知事(同前)は,無料低額宿泊所に対しては,早期に社会福祉法70条に基づく調査権限を行使し,その経営実態を把握するとともに,事業に関し不当に営利を図り,利用者の処遇につき不当の行為をしている場合には,同法72条1項または3項に基づいて経営の制限又は停止命令を積極的に発動するなど適切にその権限を行使すべきである。
  4. 転居支援の促進,苦情申出先の体制整備,情報周知の徹底などによる救済措置を図られたい
    悪質業者に対する規制に加え,現に,このような業者のもとでの生活を意に反して強いられている当事者に対しては,以下のような救済措置を講じられたい。
    1. 転居支援の拡大
      当該施設からの転居を支援する必要がある。福祉事務所の担当ケースワーカーは,当事者の希望を慎重に把握し,転居を希望する当事者に対しては,そのための支援を積極的に実施されたい。
    2. 苦情相談窓口としての運営適正化委員会の活用
      社会福祉法は,「福祉サービスに関する利用者等からの苦情を適切に解決」するための機関として,都道府県社会福祉協議会に運営適正化委員会を設置し(同法83条),同委員会が,調査のうえ,申出人と福祉サービス提供者の同意を得て「苦情の解決のあっせんを行うことができる」と規定している(同法85条)。
      これを活用すべく,無料低額宿泊所等に入所又は入居している当事者が,転居を希望しているが,それがかなわない場合などには,運営適正化委員会に苦情を申し出ることができ,同委員会が苦情解決のあっせんを行うための体制整備を進められたい。
    3. 当事者に対する情報提供の徹底
      社会福祉法は,国及び地方公共団体に対し,「福祉サービスを利用しようとする者が必要な情報を容易に得られるように,必要な措置を講ずる」ことを,社会福祉事業の経営者に対し,「(利用者への)その経営する社会福祉事業に関し情報の提供を行う」ことや「契約の内容及びその履行に関する事項について説明する」ことを努力義務として課している(同法75条,76条)。
      無料低額宿泊所等に入所又は入居している当事者が,転居のための支援を適切に受けるためには,その前提として,正確な情報を把握,理解することが必要不可欠である。そのために,保護決定通知書の送付とともに以下の情報を記載した文書を全対象者に送付するなどして,必要な情報の周知を図られたい。
      • 食事の提供,預金口座の管理その他のサービスを利用するかどうかは自由であって,いつでも解約できること。
      • 法律上,一般のアパートでの生活保護受給が原則とされており,転居希望者に対しては,必要性が認められれば,敷金等の転居費用の支給などの転居支援が行われること。
      • 相談先としての担当福祉事務所ケースワーカーの連絡先と苦情申出先としての運営適正化委員会の連絡先。
  5. ケースワーカー増員などの体制整備により居宅保護の原則を徹底されたい
    生活保護法30条1項は,「生活扶助は,被保護者の居宅において行うものとする」と規定し,居宅保護の原則を宣明しているが,路上生活者は,住民票などの身分証明書,連絡先となる携帯電話等を持ち合わせず,保証人も確保できないことが多いことから,独力で入居先のアパートを確保することが困難である。
    本来であれば,福祉事務所が日頃から不動産業者等と連携するなどして,このような入居先確保を支援することが求められているが(平成21年3月18日社援保第0318001号厚生労働省社会・援護局保護課長通知),ケースワーカーの担当ケース数が多すぎて,きめ細かいケースワークを行う余裕がない。そのため,路上生活状態にある者からの生活保護申請を受けた福祉事務所は,業者が入所先(入居先)を用意したうえで申請の援助をしてきた場合には,その後の処遇内容や当事者の真の希望についてはあえて詮索することなく,決定を行う。このように,無料低額宿泊所問題の背景には,ケースワーカー不足などを原因として,居宅保護の原則が形骸化しているという事情が存する。
    したがって,この問題の解決のためには,ケースワーカー不足を解消し,法が要請する居宅保護の原則に沿った実務運用を定着させていくことも必要である。
  6. まとめ
    以上のとおり,悪質業者から自由を奪われている利用者を救済すべく,また,これ以上の被害発生を阻止すべく,早期に,1.悪質業者に対しては早期に適切な権限を行使して規制を行い,2.施設利用者に対しては各種の救済措置をとり,3.これから施設に入る可能性のある生活困窮者に対しては居宅確保に向けた体制整備を更に促進する措置をとるべきである。

以上

2011(平成23)年12月13日
埼玉弁護士会

戻る