2012.03.13

「秘密保全法」制定に反対する会長声明

  1. はじめに
    「秘密保全のための法制に関する有識者会議」の報告書「秘密保全のための法制の在り方について」(以下「報告書」という)が昨年8月に「政府における情報保全に関する検討委員会」へ提出され,これを受け同検討委員会は秘密保全に関する法制の整備のための法案化作業を進めることを同年10月に決定した。そして,政府は,今通常国会にこの「秘密保全法」案を提出しようとしている。
    そして,政府はこの法案化作業を進めるうえで報告書の提言内容を十分に尊重するとしているが,この報告書で想定されている秘密保全法制は,以下に述べるとおり,表現の自由・知る権利を侵害し,あるいは取材活動を委縮させる虞が高いなど重大な問題点を多数含んでいる。
  2. 広範な政府情報が隠される
    報告書は,「行政機関が保有する秘密情報の中でも,国の存立にとって重要なもののみを厳格な保全措置の対象とする」としたが,それは(1)「国の安全」,(2)「外交」及び(3)「公共の安全及び秩序の維持」の3分野が対象となるという。
    しかし,これでは秘密の対象とする範囲は極めて広範であり,特に,(3)についていえば,その文言の抽象性ゆえに,解釈・運用によっては,その外縁が際限なく広がることとなる。
    しかも,報告書は,上記の厳格な保全措置対象を「特別秘密」と称し,秘密情報のうちからこの特別秘密に指定するのは,当該情報の作成・取得の主体である各行政機関等としているため,これでは,時の権力に都合の悪い情報はすべて特別秘密と指定して秘匿することさえ可能となってしまう。
  3. 表現の自由・知る権利の侵害
    報告書は,(1)「特別秘密の漏えいを根元から抑止する」として,その「故意の漏えい行為」はもとより「過失の漏えい行為」についても処罰対象とするばかりか,さらに,(2)その「漏えい行為の共謀行為」や「漏えいの独立教唆及び扇動」そのものを「正犯者の実行行為を待つことなく」独立して処罰対象とする。しかも,この処罰の対象となるのは,大学等の研究機関や民間事業者が行政機関等から委託を受け作成・取得した情報までも含むとしている。
    しかし,もともと漏えい対象そのものが曖昧・不明確な特別秘密であるうえに,その対象となる情報がかように広範となれば,それだけ特別秘密の取扱者やその関係者も広範となるのであるから,この罰則は表現の自由に重大な委縮効果を及ぼすとともに知る権利を侵害する虞が高い。
    加えて,その法定刑の上限は懲役5年又は同10年とし,さらには漏えい行為等の未遂及び共謀につき自首による必要的減免規定を置くともいうが,これでは,重罰での威嚇のもとで,自首による必要的減免規定を置いて「密告」を奨励することとなり,自由な言論活動や知る権利を封殺することにも繋がりかねない。
  4. 取材活動への甚大な委縮効果
    とりわけ,報告書は,特別秘密につき,犯罪に至らない「社会通念上是認できない行為」を手段とする探知行為をも処罰対象とし,しかも,その共謀や独立教唆及び扇動まで含むとしている。
    しかし,このような曖昧・不明確な文言による罰則が制定されるならば,処罰対象となる探知行為ないし取材活動の範囲は極めて不明瞭・不明確となり,さらに加えて,その共謀や独立教唆・扇動までも独立して処罰対象とするというのであるから,取材活動に対する委縮効果は計り知れない。
    これでは,取材の自由など画餅に帰すことは明らかで,結果,知る権利の侵害に繋がることとなる。
  5. プライバシー等の侵害
    また,報告書は,「秘密情報を取り扱わせる者」(対象者)について,「日ごろの行いや取り巻く環境を調査し,対象者自身が秘密を漏えいするリスクや,対象者が外部からの漏えいの働きかけに応ずるリスクの程度を評価することにより秘密情報を取り扱う適性を有するかを判断する制度」(適性評価制度)を設け,対象者だけでなくその配偶者・家族等までをもこの評価を実施するための事前調査の対象とする制度導入も求めている
    しかし,このような制度は,その運用次第で,対象者はもとより,その配偶者・家族等のプライバシーや思想・信条の自由が侵されることに繋がる。
  6. 立法事実・必要性がない
    もともと,この報告書策定の契機となったとされる「尖閣諸島沖漁船衝突映像」の流出などは,到底,国家秘密の漏えいという事案ではない。加えて,報告書には「主要な情報漏えい事件等の概要」という資料が添付されているが,そこに挙げられている数が十年以上の間での上記「流出事件」を含めた僅か8件に過ぎない(しかも,内5件は不起訴である)ことからも明らかなとおり,仮にある期間内において秘密とすることを認め得る政府情報があったとしても,情報保全は国家公務員法などの既存の法令で十分に対応できていることを示している。秘密保全法制の立法事実や必要性はないのである。
    そもそも,国民主権(前文・1条)は憲法の根本且つ基本の原理で,およそ政府情報は主権者たる国民に公開されるのが大原則である。しかるに,情報公開法が近年ようやく制定されたばかりであるうえ,沖縄返還協定における「密約」の存在を長年秘匿してきたように,政府の情報公開への姿勢はいまだ不十分といわざるを得ない。
    このような状況下において,秘密保全法の制定がなされるならば,政府情報の公開原則が一層空洞化されることは必定であろう。
  7. 以上から,当会は,報告書の提言に基づく秘密保全法制の制定に断固反対するとともに,国政に関するすべての情報についての公開原則が徹底されることをこそ求める。

以上

2012年(平成24年)3月13日
埼玉弁護士会会長  松本 輝夫

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