2012.08.09

住宅建築請負契約における前払金規制に関する意見書

2012年(平成24年)8月9日

国土交通大臣 殿

埼玉弁護士会会長  田島 義久

第1 意見の趣旨

近年,住宅建築請負業者の破綻によって高額な消費者被害が生じていることに鑑み,以下の各施策を実施するよう求める。

住宅建築関連団体が作成したガイドラインのみでは,被害の未然防止ができないことに鑑み,工程表に見合わない過剰な前払金の請求を禁止し,違反した場合の行政処分も含めた法的規制を設けること。

建設業法を改正し,住宅建築請負業者は,注文者に対し,請負契約締結に際して,設計図書,請負代金内訳明細書及び建設工事の見積書を交付すべきものとし,かつ,請負契約締結の後,速やかに工程表を交付すべきものとすること。

住宅建築請負業者は,施主から受領した前払い金について,分別保管及び流用禁止の法的義務を課すこと。

前払金に見合った履行を確保するため,被害発生時に備えた強制加入の賠償責任保険制度及び事業規模に応じた供託制度を設け,さらに,完成保証を業として行う業務を許可制にして,一定の財政基盤等を要件とする等の法規制を行うこと。

第2 意見の理由

  1. 住宅建築請負業者の破綻による消費者被害の実態

    2009年4月3日,埼玉県に本社のある株式会社アーバンエステート(以下「アーバン社」という。)が東京地方裁判所で破産開始決定を受け,493世帯の注文者が自ら注文をした住宅工事の完成・引渡しをアーバン社から受けることなく,実際の工事の進捗状況を超えた代金27億円の支払をさせられ,1世帯平均でも約550万円もの甚大な被害が発生した。同様に,同年1月29日,静岡県に本社のある株式会社富士ハウス(以下「富士ハウス」という。)が破産開始決定を受け,2200名を超える注文者が45億円以上の工事の施工を受けられないとの被害が発生している。
    アーバン社の注文者の被害金額は,請負代金総額の6割を超え,被害世帯の6割以上が工事未着工であり,多額の銀行ローンだけが残ったり,自己破産に追い込まれる者もおり,被害は甚大である。
    アーバン社の破綻に関しては,一部の役員が破綻必至の前払金を入金させていた点が詐欺罪に該当するとして,2011年に公判請求をされるに至っているが,住宅建築業界においては,積極的な前払金を常態化させるような取引慣行を改善・是正する動きは見られないのが現状である。
    現行法の規制をみても,高額の前払金を入金させることについての事前規制は十分とはいえず,事業者破産による事後的な救済制度も確立していない。

  2. 住宅建築請負契約被害の発生原因

    上記のような大規模消費者被害が生じる背景としては,概ね以下の4点が指摘できる。第一に,実際の工事の進捗状況を無視した過剰な前払金の入金が可能であったために,経営が困窮し銀行融資を受けられず,破綻必至の状況となっていても,注文者からの過剰な前払金を入金させることで事業を継続し,潜在的被害者を拡大させながら,新規契約を増加させることを可能としたこと。第二に,請負契約締結の際に,必ずしも十分な記載のある設計図書及び請負代金内訳明細書を交付しておらず,請負契約締結後も中間金を支払わせる前に,工程表を注文者に交付していなかった。そのため,注文者は前払いする金銭が実際の工事進捗との比較で合理的であるかの判断をすることができない状況にあり,そのことが過剰な前払入金を促進した側面があること。第三に,前払金として入金させた金員は,本来,当該入金をした注文者の工事(材料費,下請け費用など)に利用されるべきものである。しかしながら,当該金員は,そのような利用をされることなく,従前の注文者の未払買掛金のみならず,高額な宣伝広告費,役員の報酬,その他,様々な資金流出を生じさせていくこととなっていたこと。第四に,事後的な被害回復に関しても,アーバン社の完成保証会社が,アーバン社が破産した場合にアーバン社に代わる建物建築業者を斡旋した上で追加代金の差額保証を謳いながら,実際には資力がなく十分な回復が図れず,また完成保証会社に代わる保険制度等も存在しないことが指摘できる。

  3. 住宅建築請負契約被害の予防・救済のための法的対策の必要性
    1. 過剰な前払金の請求の禁止等の法的規制
      1. 住団連基準の法規制化
        住宅建築請負業者の破綻に伴う注文者の被害が社会問題化したことを受け,住宅建築関連団体から構成される社団法人住宅生産団体連合会(以下「住団連」という。)は,2009年3月27日付けで「個人の注文者と住宅建設工事の請負契約を締結する場合の前払い金等に関するガイドライン」を定め,会員に遵守を促している。同ガイドラインは,通常の請負工事における施主の請負工事代金の支払方法が3回ないし5回の分割払いが一般的であるとして,分割払いの回数の目安として,(1)3回の場合:契約時2割,上棟時(中間時)5割,完成時3割,(2)4回の場合:契約時1割,着工時3割,上棟時3割,完成時3割又は契約時1割,着工時3割,中間時4割,完成時2割,(3)5回の場合:契約時1割,着工時2割,上棟時3割,内装着手時2割,完成時2割と定めている。同ガイドラインは,あるべき請負工事における代金支払方法を示したという意味では,請負代金の支払方法に関する取引公序というべきであるが,同ガイドラインは業界団体内の自主規制にとどまり,その実効性は乏しいといわざるを得ない。
        したがって,被害の再発を防止するためには,前払金の支払について,同ガイドラインの基準を前提として,罰則を伴う法規制を設けるべきである。具体的には,上記ガイドラインの基準を超える前払金の請求を禁止し,これに反した場合は,建設業許可の取消しを含む制裁を課すべきである。
      2. 今後の第三者寄託制度の導入について
        そもそも,建築請負代金の支払時期は物件の引渡しとの同時履行となるのが民法上の原則である(民法第633条)。
        確かに,前払金には,完成に要する期間が長期にわたることによる注文者の支払能力低下への備え(取引の安全性の確保)という機能があるが,この機能は,事業や不動産等の譲渡の際に用いられる第三者寄託制度(エスクロー制度)によっても十分に果たし得る。すなわち,まず,第三者寄託の受皿となる第三者機関を設立し,注文主は,前払金についての契約(法定の時期と回数によるもの)に従い,機関に前払金を寄託する。工事完成後,契約条項が全て満たされたことを注文者が検査により確認したことを条件として,請負代金が機関から建築請負業者に支払われる。
        請負代金の決済手段として,このような第三者寄託制度を導入することにより,建築請負業者による前払金の流用の可能性はなくなり,注文主の被害を確実に防止し得るものと考える。
        他方,建築業界における取引の実態として,回転資金にゆとりのない零細業者にとって下請業者や資材調達先への支払が困難になり,事業が立ちゆかなくなることが危惧される現状に鑑みれば,当該制度を直ちに導入することには議論の余地があり得るところである。
        したがって,第三者寄託制度については,事業者の企業規模等に留意しつつ,その導入可能性について積極的に検討すべきである。
    2. 注文主に対する情報の積極開示義務
      過剰な前払金支払禁止の目的を達成するためには,注文主に対して工事材料や工事の進捗に関する情報が積極的に開示される必要がある。
      この点,建設業法第18条は,「建設工事の請負契約の当事者は,各々の対等な立場における合意に基いて公正な契約を締結し,信義に従つて誠実にこれを履行しなければならない。」として契約の締結時における当事者の対等性と契約の公正性を定めている。そして,同法第20条では,第1項で,「建設業者は,建設工事の請負契約を締結するに際して,工事内容に応じ,工事の種別ごとに材料費,労務費その他の経費の内訳を明らかにして,建設工事の見積りを行うよう努めなければならない。」としつつ,第2項で,「建設業者は,建設工事の注文者から請求があつたときは,請負契約が成立するまでの間に,建設工事の見積書を提示しなければならない。」として,注文者から請求がない限り,いわゆる努力義務にとどまる旨定めている。しかしながら,情報量に格差があることを考えれば,契約当事者の対等性を確保するためには,見積書の作成・交付は,注文者からの請求の有無を問わず,法的義務に改められる必要がある。その上で,実際の工事の工程表についても,請負契約締結後速やかに交付すべき義務を課すべきである。
      そして,当然のことながら,注文者が前払金の合理性を判断するには,建設業者の見積りが請負契約の締結前に注文者に示されなければならないのであるから,同条第2項は,「建設業者は,建設工事の注文者から請求があつたときは,請負契約が成立するまでの間に,建設工事の見積書を提示しなければならない。」とあるところ,「建設業者は,建設工事の請負契約の締結に際して,建設工事の見積書を建設工事の注文者に提示しなければならない。」と改められるべきである。
    3. 分別保管及び流用禁止について
      前払金には,後日精算の対象となる概算実費の引当となる純粋な預り金の場合もあり得るが,さればこそ,前払金が,他の現場での下請業者等への支払に充てられる等,当該工事とは無関係に資金流出がなされる危険性も多大にある。
      分別保管については,請負工事の前払金が,実際に会計処理上は出来高に変わるまでは未成工事受入金として流動負債に計上されることが予定されていることや,公共工事の請負契約において,前払金を当該工事の必要経費以外に支出してはならない旨の約定があり,かつ,保証事業会社との前払保証約款においても、前払金が別口普通預金として保管すべき旨が定められていた事例において,施主が業者の口座に振り込んだ前払金につき「本件前払金を信託財産とし,これを当該工事の必要経費の支払に充てることを目的とした信託契約が成立したと解するのが相当である」とした最高裁判所平成14年1月17日判決論理に照らしても,分別保管は可能であるし,注文者のリスク回避の観点からも実現すべきである。
      他方,建設業界における取引の実態として,下請業者や資材調達先との取引が一括発注になっている場合も多く,回転資金にゆとりのない零細業者にとって,事業が立ちゆかなくなることが危惧される現状に鑑みれば,当該制度を直ちに導入することには議論の余地があり得るところである。
      したがって,特定の注文者から受けた前払金については,少なくともその経費分に相当する範囲で,個別の預かり金として分別保管をさせるか,少なくともその範囲の金銭の流用を禁止すべきとする制度の導入について,法的規制を検討すべきである。
    4. 保全措置について
      また,建物建築請負契約の前払入金による被害の事後救済を図るためにも,「特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律」(以下「住宅瑕疵担保履行法」という。)と同様に,
      1. 被害発生時に備えた強制加入の賠償責任保険制度
      2. 又は,事業規模に応じた一定割合による金員の供託制度
      を設けるべきである。
      そして,建物建築請負契約に関する完成保証会社に対しては,許可制として一定の財政基盤等を要件とする法規制を行うべきである。
      なお,同様の保険制度は,住宅瑕疵担保履行法でも規定されている。同制度は不動産の売買に際し,消費者が多額の前払を行うことがあることに着目し,後に返金等がなされる場合に備えてあらかじめ一定の財政的措置を講じさせることで,消費者の保護を図ったものといえる。この点,完成建物の瑕疵の場合のみならず,建物が完成しないというより大きな被害についてより消費者を保護する必要性が高いといえ,現状を放置して,更なる被害を発生させることは許されないというべきである。

以上

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