2012.08.09

公契約条例の制定を求める意見書

2012年(平成24年)8月9日
埼玉弁護士会会長  田島 義久

第1 意見の趣旨

当会は、全ての労働者の人間らしく生き働く権利を擁護するため、埼玉県及び同県内の全市町村に対し、早急に公契約条例を制定することを求める。

第2 意見の理由

  1. 国や地方自治体は、契約という形で、公共工事の発注や様々な公的業務の委託を行っている。このように、国や地方自治体が行政目的遂行のため民間企業や民間団体と締結する契約を、公契約という。
    昨今、財政難を理由に、従来は国や地方自治体が自ら行っていた公共サービスについても民間委託する例が増えてきている。埼玉県も,第三次埼玉県行財政改革プログラムの中で「アウトソーシングの推進」を掲げ,多くの公共サービスについて民間委託を推進している。
  2. こうした公契約においては、多数の民間労働者が直接・間接に受託業務を遂行することになるが、近時、その労働条件の劣悪さ、特に賃金水準の低さが社会問題となっている。すなわち、公契約では競争入札方式が原則とされることから、落札するためには他企業・団体より少しでも低い受注額で入札参加することになる。しかも、財政難のもと、予定価格は前年度の落札額が基準となることも多く、その場合落札のためには前年度実績をさらに下回る価格での応札が必要となる。このような落札価格低下傾向が続くことにより、落札者が業務に必要な経費を確保できず、経費削減のため労働者の賃金をさらに削減するという悪循環が続いている。
    また、公共工事においては、重層的下請負構造がままあり、そのような場合、最下部層で現場作業に従事する労働者は極端な低賃金での就労を余儀なくされる。実際、ある地方自治体からの受託業務に従事する労働者が、その賃金では生活が維持できず,生活保護を受給するという事態も生じている。
  3. こうした問題を改善するには、まずもって、最低賃金を大幅に引き上げることが考えられる。しかし、現行の最低賃金額は極めて低い金額であるが、他方で、多くの中小零細事業者がこれを前提に雇用を維持しており、最低賃金の大幅な引き上げのためには、かかる零細事業者の経営に配慮した施策が必要となる。
    そこで、こうした閉塞状況を打開するため、近時、公契約条例の制定を求める動きが全国に広まっている。公契約条例とは、公契約にかかる業務に直接・間接に従事する労働者の最低賃金額を自治体が定め、この賃金額遵守を公契約締結の条件として受託事業者に義務づけることを主な内容とするものである。
    公契約条例による最低賃金規制は、最低賃金法による賃金の一律規制と異なり、あくまで契約当事者間の合意に基づく規制であるから、少なくとも中小零細事業者への上記のような配慮は不要である。むしろ、下請・孫請業者など、これまで元請業者からぎりぎりの単価で仕事を請け負わされ、そのしわ寄せを従業員の賃金削減でしのぐべく、最低賃金法の最低賃金すれすれの賃金しか支給できなかった中小零細事業者にとっては、公契約条例の制定によって、従業員に支給する賃金額を上昇させることも可能になる。
  4. なお、公契約条例制定により、労働者の賃金水準が現行から大幅に上昇した場合、自治体の民間委託費もまた相当程度増大する可能性は確かにある。しかし、民間委託費の過度な圧縮・低廉化の結果、公共サービスの質が低下する傾向にあり、その方がむしろ問題だと言われているのである。公契約条例制定により、公共サービスの質の向上も期待できるのである。
  5. 以上のとおり、公契約条例の制定は、中小零細事業者の経営安定と労働者の賃金水準の向上をもたらし、公共サービスの質を担保する効果があり、地方自治体が住民福祉増進を図る責務(地方自治法1条の2)を果たす上で有効な施策である。そのためもあって、千葉県野田市で2009年(平成21年)に公契約条例が制定されて以降、既に全国で複数の自治体が公契約条例制定に至っている。また野田市では、同条例施行後、清掃委託業務の従事者の賃金が1時間あたり101円上昇した。こうした中、当県内でも近時、越谷市や草加市による公契約検討会の立ち上げなど,条例制定に向けた新たな取り組みが始まりつつある。

よって、当会は、全ての労働者の人間らしく生き働く権利を擁護するため、埼玉県及び同県内の全市町村に対し、早急に公契約条例を制定することを求める。

以上

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