2013.06.13

パブリックコメント「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」について

2013年(平成25年)6月13日
埼玉弁護士会会長  池本 誠司

法制審議会民法部会(以下,「部会」という)が,2013年2月26日に決定した「民法の改正に関する中間試案」(以下,「中間試案」という。)に対する埼玉弁護士会(以下,「当会」という)の意見は,以下のとおりである。

第1 中間試案の全体に対する意見

  1. 2009年に「民法改正検討委員会」による「債権法改正の基本方針」が提案されたのち,当会は,市民生活を規律する民法を改正する必要性があるか,その方向性や改正した場合の影響について検討してきた。
  2. 民法が1896年(明治29年)に制定されて以降117年を経過し,その間社会の実態が変化し,現行民法では十分に市民の利益が確保できない側面があることも否定できないところである。他方で,民法を改正するのであれば,債権関係のみならず民法全体との整合性や,消費者契約関連法,商行為関連法などの民事特別法との整合性を慎重に検討し,特に一般市民の権利が不当に制限されることがないようにする必要がある。
  3. このような観点から「中間試案」を検討すると,例えば,債権の消滅時効の原則的な時効期間を10年から短縮したり,民事法定利率を一律3パーセントにするなど,一般市民の権利を制限する内容が多数みられ,一般市民の権利確保の観点から必ずしも適当な案とは考えられない。民法の全体改正については,一般市民の権利保護の観点から,現時点では十分な検討が不足しており,反対せざるを得ない。
  4. また,債権法の全面改正が必ずしも社会的に求められているというわけでもない。今回の改正論議は一部の学者と法務省の強い働きかけによるものであり,この流れを受けた現在の法制審議会民法(債権)部会の体制は,国民的な議論を十分に尽くすことのできる体制にあるとは言いがたい。したがって,現在の体制の下で改正作業を進めること自体,反対せざるを得ない。
  5. 他方で,個人保証被害の社会実態からすると,現行の保証規定については,保証人保護の観点からの抜本的改正が必要であると考えられる。ただし,保証制度の抜本的改正は,民法の全体改正とは別途に行われるべきである。

第2 各論

1 中間試案のうち特に反対する事項及びその理由

当会は,中間試案に対し,一般市民の権利確保の観点から基本的に反対する立場をとり,民法の全面改訂は必要でないと考える。
以下,具体的に,特に反対すべき事項とその理由を挙げる。

(1)  消滅時効(中間試案第7.2)
ア  中間試案は,債権の消滅時効における原則的な時効期間を,5年間に改めるとしている。
イ  しかし,原則的な時効期間を現行の10年間から短縮する必要はなく,この短縮により法律知識に疎い一般市民の権利行使の機会を奪う危険性が高くなってしまう。
(2)  法定利率(中間試案第8.4(1))
ア  間試案は,法定利率について,いわゆる公定歩合を基準とする変動金利とすべきとし,改正時より当面の法定利率を年3%とするとしている。
イ  利息債権の発生が事前に想定されている場合は,一般に,当事者の合意による約定利率が定められているのが実態である。すなわち,法定利率が実際に機能するのは,法定利率による付帯債権の発生が当事者の合意に基づかない場面においてである(例えば,不法行為の遅延損害金や悪意による不当利得の利息等)。この場面で,債権に担保が設定されていることは想定し難い。
この場面を経済的に見れば,債権者が債務者に対して無担保での貸付けを強いられているのと変わりがない。債権者が負担させられているリスクを考慮すれば,利率が年3%というのはあまりにも低すぎる。このことは,社会における一般市民に対する無担保での貸付けにおける約定利率を見れば明らかであろう。
ウ  また,法定利率が変動することとなれば,一般市民が債権の額を算出することはますます困難になる。市民のための民法という,今般の民法「改正」を企図している者らが一応掲げているスローガンと明らかに背馳している。
(3)  中間利息控除(中間試案第8.4(3))
ア  中間試案は,損害賠償額の算定における中間利息控除に用いる割合は,年5%とすべきとしている。
イ  しかしながら,このような高い割合を用いることは明らかな誤りである。
理論上,中間利息控除に用いる割合は,最も安全な運用を行った場合において見込まれる利率によらなければならない。それを超える利益は,債権者が負担するリスクの対価であって,そこから債務者が利益を受けるべきところのものではない。
そして,最も安全な運用を行った場合において見込まれる利率は,高くとも年2%を上回ることはない。
ウ  中間試案が,法定利率の引下げ(妥当でないが)をいうなら,同じく中間利息控除に用いる割合をも引下げるべきというのが当然の筋であった。
しかるに,中間試案はそのような提案はせず,平仄を欠いた提案(それどころか,本来は,上に述べたように,中間利息控除の割合こそ低くなければならない)を平然としていることは,到底容認しがたい。
(4)  賃貸借に類似する契約(ファイナンス・リース契約)(中間試案第38.15)
ア  中間試案は,ファイナンス・リース契約(当事者の一方が相手方の指定する財産を取得し,これを相手方に引き渡した上で,相手方の使用収益を受忍し,相手方が当該財産の取得費用等に相当する額の金銭を支払うことを約する契約)を,民法の典型契約として規定しようとする。
イ  ファイナンス・リース契約は,本来的には,事業者間で締結されるものであって,広く一般社会に普及されるものではないが,近年,供給業者とリース会社が提携して契約条件をあらかじめ定型化し,リース契約締結手続きを供給業者に委託する「提携リース」方式に変遷し,中小零細事業者を含む一般市民の被害が多発している実情がある。
 ファイナンス・リース契約を民法の典型契約に規定することは,ファイナンス・リースに関する過去の判例法理が,近年被害が多発している提携リース方式を含むリース契約の原則的ルールとして固定化することになり,中小零細事業者を含む一般市民の権利を著しく害することになる。
(5)  請負(中間試案第40.2(4))
ア  中間試案は,仕事の目的物である土地工作物が,契約の趣旨に適合しない場合の請負人の責任の存続期間について,民法638条を削除するものとするとしている。
イ  民法638条1項は,堅固工作物の瑕疵担保期間を10年間,その他の工作物,地盤について5年間と定めている。
しかし,現行民法制定当時に比べて,建築物の耐用年数は飛躍的に延びており,瑕疵担保期間を短縮すべきというような事情は存在せず,これを短縮すると法律知識に疎い一般市民の権利行使の機会を奪う危険性が高くなってしまう。

2 中間試案のうち部分的に賛成する事項及びその理由

他方,中間試案の中には,一般市民の権利確保の観点から賛成すべき部分があり,この点については,部分改正をする必要がある。
以下,具体的に賛成すべき事項とその理由を挙げる。

(1)  保証債務(中間試案第17.6)
ア  中間試案は,個人保証を制限すべきこと,個人を保証人とする場合には,債権者に説明義務,情報提供義務を課すべきこと,個人保証人の責任制限のためその他の方策を規定すべきことを,検討するとしている。
イ  個人保証の制限についての規定が置かれることに,賛成である。
個人保証が保証人の経済的破綻や自殺の要因となっていることに鑑み,民法改正にあたっては,保証制度を抜本的に改正し,個人保証は原則として廃止すべきであり,例外として個人保証が許容される場合には,保証人が不測の不利益を被ることがないように,保証契約締結に際して,債権者は保証人となる者に対し,説明義務及び情報提供義務を負うものとし,また,保証人が主債務者の破綻により過大な債務負担を強いられ,自己破産の申立や自殺に追い込まれることを回避するため,保証人の支払い能力を超える過大な保証契約については,債権者の請求制限の措置を講じることが不可欠である。
中間試案は,現行法よりも個人保証を制限するものであり,また,保証人が予想外の不利益を被らないための措置として,債権者に情報提供義務等を課すものであり,保証人の生活基盤を守ることに資するため,引き続き検討されるべきことに賛成である。
(2)  約款(不意打ち条項)(中間試案第30.3)
ア  中間試案は,約款に含まれている契約条項であって,他の契約条項の内容,約款使用者の説明,相手方の知識及び経験その他の当該契約に関する一切の事情に照らし,相手方が約款に含まれていることを合理的に予測することができないものは,契約の内容とはならないものとする。
イ  円滑な取引に資する約款だが,その使用によって逆に当事者に予期せぬ不利益を及ぼすこととなることは避けねばならないことから,賛成する。
不意打ち条項による効力発生制限は,合意による契約成立の場合と共通のルールとして規定を置くべきである。
(3)  約款(不当条項規制)(中間試案第30.5)
ア  中間試案は,契約の内容となった契約条項は,当該条項が存在しない場合に比し,約款使用者の相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重するものであって,その制限又は加重の内容,契約内容の全体,契約締結時の状況その他一切の事情を考慮して相手方に過大な不利益を与える場合には,無効とする。
イ  約款が契約内容に組み込まれる際に,実際には当事者間で約款の記載内容につき明確な合意がなされていない。したがって,不適正な内容の約款をコントロールしうる規定が必要であることから,賛成する。なお,分かりやすい民法との観点から,代表的な不当条項につき例示列挙すべきである。

以 上

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