2013.08.20

雇用規制緩和政策に反対する意見書

第1 意見の趣旨

  1. 労働者派遣制度について,これ以上規制緩和をすべきではなく,常用代替防止という根本理念に基づき,製造業派遣・登録型派遣の禁止を含めた抜本的な法改正を行い,派遣労働者の雇用条件の適正化や地位の安定化に資するものとすべきである。
  2. 労働時間法制に関して,企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制などの労働時間規制を緩和する制度を導入すべきではなく,過労死防止基本法の制定などを含め,労働者が真に人間らしい働き方を実現できるものとすべきである。
  3. 労働者が流動する素地のない日本の雇用状況において,ジョブ型正社員・限定正社員を導入することは,解雇権濫用法理の緩和や雇用条件の低下など雇用不安定をもたらすものであることから,ジョブ型正社員・限定正社員などの名目による正社員に関する雇用規制緩和をすべきではない。

第2 意見の理由

  1. はじめに〜規制改革実施計画の閣議決定について
    政府は,規制改革会議の答申を受け,本年6月14日,日本再興戦略・規制改革実施計画を閣議決定し,①ジョブ型正社員の雇用ルールの整備,②企画型裁量労働制等の見直し,③有料職業紹介事業の規制改革,④労働者派遣制度の見直しなどの課題を,重点課題として取り組むことを決定した。
    政府は,今後3本の矢である経済政策に一層力を入れていく旨述べており,解雇の金銭的解決の制度等を含め,これら雇用規制の緩和に関する「改革」が,具体化していくことは明らかである。現状でさえ,従前から大幅な規制緩和がなされてきたことにより,非正規労働者・ワーキングプアなどの雇用格差の問題,過労死・過労自殺・メンタルヘルス悪化などの安全衛生上の問題が生じてきたものであるが,その中で,「経済成長」の名の下に,更なる雇用規制緩和がなされてしまえば,窮乏を極める日本の労働者の地位を更に低下ないし不安定化させてしまうことは明らかである。
    そこで当会は,国に対し,雇用政策において,安易な規制緩和を推進することに反対の意志を表明し,雇用規制の緩和を経済成長の手段とすることのないよう強く求めるものである。
  2. 労働者派遣制度の見直しについて
    規制改革実施計画においては,派遣期間のあり方の見直し(専門業務規制の撤廃,人単位での派遣期間規制)など労働者派遣制度のあり方について,労働政策審議会(以下「労政審」という)での議論を経て,本年8月末までのとりまとめを目指しているため,この議論は喫緊の問題である。
    なお,規制改革実施計画に先行する規制改革会議の答申では,派遣法の根本理念である「常用代替の防止」を変更するかのごとき内容が含まれている。
    しかし,本来労働者派遣という間接雇用は,従来職業安定法により禁止されてきたものであるが,労働者派遣法の成立により,適法な労働者派遣に限って,その違法性が阻却されたものに過ぎない。その後の規制緩和も「常用代替の防止」の観点の下,弊害防止のため,専門業務による規制や派遣可能期間の規制をすることにより,間接雇用自体が臨時的補助的なものに限定され,雇用の大原則である直接雇用が維持されてきたものである。上記答申における常用代替防止の目的が,正社員制度の保護のみであるかのような指摘は明らかに誤りであり,派遣労働者が恒常的基幹的業務に従事されることはないという派遣労働者の保護,恒常的基幹的業務は正社員に従事させるべきという直接雇用原則に基づくものである。
    そして,規制改革実施計画における具体的な見直し内容は,常用代替の防止理念の変更をうたってはいないものの,専門業務規制の撤廃や業務単位から労働者単位での派遣可能期間規制など,「常用代替の防止」という理念に明らかに反した規制緩和を行おうとしていることは明らかであり,更なる間接雇用の拡大が進むことが非常に懸念される。
    リーマンショック後の労働者派遣を巡る社会問題を受け,労働者派遣法の改正がなされ,ようやく規制強化に向かっていく流れに反し,今後も雇用格差是正を行うとする政府の政策とも矛盾しており,労働者の雇用全体の不安定化と労働条件の低下をもたらす,規制改革実施計画に基づく労働者派遣制度の見直しは,到底許されるものではない。
  3. 労働時間規制の緩和について
    日本再興戦略では,企画業務型裁量労働制等の労働時間法制に関して,見直しをするとされ,規制改革会議の答申においては,多様で柔軟な働き方の実現のためとして,「企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制をはじめ,時間外労働の補償の在り方,労働時間規制に関する各種適用除外と裁量労働制の整理統合等労働時間規制全般の見直しが重要な課題である」として,労政審で総合的に検討するとしている。
    しかし,現状ただでさえ,労基法36条協定で労災過労死基準程度の残業時間が規定され,過重労働の中で過労により命を失う労働者が後を絶たないことからすれば,安易に労働法規の根幹をなす大原則である労働時間規制を緩和することは,ますます労働者に対する長時間労働・加重労働を強いることとなり,答申にも記載のある「ワークライフバランスの実現」とは真っ向反するものである。
    以上のとおりであるから,労働者がワークライフバランスを実現させ,真に人間らしい働き方をできるよう,安易な労働時間規制の緩和をすることなく,過労死防止基本法の制定など,労働者の健康・生活に即した政策を採るべきである。
  4. ジョブ型正社員の雇用ルールについて
    雇用の流動化の名の下,規制改革実施計画では,ジョブ型正社員の雇用ルールの整備を図ると言及している。
    確かにワークライフバランスを実現し,真に人間らしい働き方を実現するための方策として,雇用契約において,勤務場所・労働時間等を限定することに合理性はあるといえる。
    しかし,政府が行おうとしているジョブ型正社員雇用のルールは,①解雇要件の緩和や労働条件の低下を企図している点,②「限定」正社員の対比として「無限定」正社員が想定されている点で到底妥当とはいえない。
    ①に関し,規制改革実施計画において,法改正の言及はないが,労働契約において限定契約をすることに何ら規制がなく,労使合意などで同様のモデルを実現できることから,雇用ルール化の必要性はない。規制改革会議のワーキンググループ座長の発言などからも明らかなとおり,その企図するところは,i. 通常の正社員とは異なる地位を設定することで解雇要件特に整理解雇要件を緩和すること,ii. 「限定」の存在を理由に労働条件を引下げることにある。答申で述べるメリットに関しても,有期雇用に関して入口規制がなく,既に労契法改正を受けて脱法的な雇止め等が行われている中では,有期雇用から無期雇用の転換が進んでいくとは到底考え難いし,そもそも現状の日本において,「ジョブ」を前提とする雇用の流動化を図る素地は全くなく,解雇後のジョブ型正社員の地位は,不安定なままにおかれる懸念が大きい。
    ②に関し,いかなる労働者においても,労働法規による規制を受け,労働時間に関しても,配転等に関しても,使用者は一定の権限の範囲内で認められるに過ぎず,様々な制約に服するものである。しかし,規制改革会議のワーキンググループ報告などに見られるように,本来正社員は,労働時間や配転等に関して「無限定」であり,使用者の人事権に絶対服従しなければならないかのような前提で議論されている。正社員であっても,決して「無限定」な働き方を強いられるものではなく,ワークライフバランスが実現されるべき労働者であることを前提とし,真に人間らしい働き方を実現するための政策実現こそ,正社員改革として急務である。
    以上のとおり,政府が実施を計画している規制改革実施計画に基づくジョブ型正社員雇用のルールの整備に対しては,断固反対の意見を述べるものである。

以 上

2013年(平成25年)8月20日
埼玉弁護士会会長  池本 誠司

戻る