2013.11.01

特定秘密保護法制定に反対する会長声明

  1. 政府は,今臨時国会において,特定秘密の保護に関する法律案(以下「本法案」)の成立を目指している。当会は,従前の「秘密保全法制」についてもその重大な問題を指摘し制定に反対してきたが,本法案についても反対せざるを得ない。
    そもそも,日本国憲法が定める国民主権(前文,1条)のもとにおいて,国政に関する情報は主権者たる国民に公開されるのが大原則である。しかるに,「情報公開法」(平成11年法律第42号)が近年ようやく制定されたばかりであるうえ,沖縄返還協定における「密約」の存在を長年秘匿してきたように,政府の情報公開への姿勢は不十分なのが現状である。
    他方,政府情報のうち秘匿することが正当化され得るものがあることを認めたとしても,それはあくまで一時的・限定的なものであり,しかも,かような政府情報の保護については,国家公務員法のほか既存の諸立法における漏えい行為への罰則の威嚇によって十分に対応できている。
    加えて,本法案は,以下に述べるとおり,国民の知る権利を侵害し,あるいは取材活動への委縮効果が高いなど重大な問題点を多数含んでいる。
  2. 本法案の対象である「特定秘密」とは,「防衛」「外交」「特定有害活動の防止」及び「テロリズムの防止」にそれぞれ関わる事項に関する情報とされ,広範な分野が対象となり,且つその外縁は不明確である。しかも,かような特定秘密は,各行政機関の長が「その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため,特に秘匿することが必要」という極めて抽象的な判断基準により判断し指定するものとされる。どのような情報が指定されたかを客観的に検証する手立てがないため,政府の恣意的・濫用的運用が可能となる。
    のみならず,特定秘密の指定は,通算して30年まで延長できるうえ,さらに,内閣の承認を得ればそれ以上の延長まで可能とされている。
    これら諸点につき本法案は,政府が特定秘密の指定及びその解除に関し統一的な運用を図るための基準を定め,この基準の策定・変更につき「優れた識見を有する者の意見を聴」いて対応する旨定める。しかし,それは,あくまで「統一基準」についての意見に過ぎず,秘密の内容を確認して公開の是非を論ずることは全く予定されていないのであるから,恣意や濫用の防止に資するものでは全くない。
    このように,本法案は,限界の不明確なままで広範な領域にわたる政府情報を長年月あるいは半永久的に秘匿することを可能にするもので,憲法21条の知る権利の保障を形骸化させるものといわざるを得ない。
  3. また本法案は,「特定秘密」の故意の漏えい行為に加え,過失の漏えい行為についても処罰の対象とする。そればかりか,条文に列挙した具体例のほかに「その他特定秘密を保有する者の管理を害する行為により,特定秘密を取得した」場合も処罰の対象とする。しかも,これらの未遂まで罰するとしている。さらに,上記各「行為の遂行を共謀し,教唆し,又は扇動した」場合も処罰の対象とする。しかも,故意の漏えいや取得行為に対する法定刑の上限は懲役10年で,共謀・教唆・扇動のそれは懲役5年,過失の場合でもそれは禁錮2年とされ,既存の関係諸法令に比して格段に重罰となっている。そして,前述のとおり,漏えい対象の特定秘密自体が広範且つ不明確なものである。
    したがって,本法案の罰則規定は,犯罪と刑罰を予め具体的かつ明確に定めることを要請する罪刑法定主義(憲法第31条)に反する疑いが強い。また,このように漠然・不明確で且つ重い罰則規定は,とりわけ取材活動に対して重大な萎縮効果をもたらし,ひいては国民の知る権利の侵害に繋がるものである。
  4. 以上に対し本法案は,法の解釈適用にあたり基本的人権を侵害することのなきよう,特に「国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」旨定めている。しかし,判例上,報道の自由が憲法21条の保障のもとにあることは確立され,取材の自由も憲法21条の趣旨に照らし十分尊重に値するものとされており,上記規定は確認的な規定であると考えられるが,これは訓示規定にとどまり法的な実効性は乏しい。
    また,続けて本法案は「取材行為については,専ら公益を図る目的を有し,かつ,法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限り,これを正当な業務による行為とする」と規定する。しかし,取材目的を「専ら公益を図る」場合に限定している点で問題であり,さらに「著しく不当」という抽象的かつ不明確な文言では正当業務に該当するか否かの予測が困難である。
    したがって,このような配慮規定では,本法案のもつ取材活動に対する重大な萎縮効果の歯止めには全くならない。
  5. さらに本法案は,特定秘密の漏えいにつき国会議員も処罰の対象としている。これでは,特定秘密を取得した国会議員が当該情報に関わる国政上の問題に関する他の議員との議論すら封殺することになり,議会制民主主義の観点から重大な問題を孕む。
    また,特定秘密を取り扱う者を選別する「適性評価」制度においては,調査対象が精神疾患や飲酒についての節度及び信用状態その他の経済的な状況に関する事項という領域にまでおよび,しかも,評価対象者本人のみならずその知人等まで調査する場合もあり得る。憲法13条が保障するプライバシーの権利を侵害することに繋がるものである。
  6. 以上に加え,政府が実施した本法案の原案に関するパブリックコメント募集においては,2週間という期間内で9万通を超える意見が寄せられ,そのうち約77パーセントが制定に反対する趣旨であったというのであり,このことは政府において重く受けとめる必要がある。
    よって,当会は,憲法の人権尊重主義に抵触し国民の知る権利や取材の自由等を侵害するおそれが高くかつ立法事実の存在に強い疑問のある本法案の制定に断固反対する。

以 上

2013年(平成25年)11月1日
埼玉弁護士会会長  池本 誠司

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