2013.12.11

速度違反誤摘発による大量再審無罪事件に関する会長声明

  1. 平成23年7月ころから平成24年5月ころにかけて,栃木県警宇都宮東警察署管内において,約4200件の速度違反誤摘発によるえん罪事件が発生した。本件により,少なくとも400人以上の無辜の市民が裁判所において誤った有罪判決を受け,さらに数千人が反則金の支払いや行政処分等を余儀なくされた。これら処分から派生した多大な社会生活上の不利益も含め,過去類例のない多数のえん罪被害者が生み出されたと言える。
  2. 本件において,取締担当警察官らは,レーダ式車両走行測定装置の誤設定を10か月以上の長期間にわたって続けた。誤設定は,レーダの電波投射角度という最も基本的な設定事項に関するものであった。そのため,あるえん罪被害者の公判供述によれば,次々と誤摘発を受けた被害者が行列をなすという異常な摘発状況が続いていた。それにもかかわらず,同警察署では,長期間にわたり何らの内部調査も指導もなされず,誤摘発が放置されていた。また,本件の再審事件を担当した弁護人らによれば,誤摘発を受けた当初は速度違反の事実を否認していたという被害者が多数存在していた。しかしながら,最終的には,普通の市民たちがことごとく速度違反の自白をさせられた。そのような虚偽自白の量産に対しても,同警察署においては何ら内部的な指導,監督がなされず,放置されていた。
    警察から事件送致を受けた検察庁は,誤測定等の可能性を検討さえせず,それどころか検察官の取調べにおいても,えん罪被害者らの虚偽の自白調書が量産され続けた。裁判所も,誤摘発や虚偽自白に一切気付くことなく,おびただしい数の誤った有罪判決をなした。
  3. 本件が,捜査機関に対する市民の信頼を失墜させるあるまじき事態であることは言うまでもない。しかしながら,問題はそれにとどまらない。本件により,検察庁は,警察の捜査の不適正に対して何ら指揮監督ができていないこと,検察官は,警察の捜査の過誤や虚偽自白を是正することなくこれを上塗りしてしまっていること,裁判所は,捜査機関の重大な過誤による多数の虚偽自白やえん罪を自ら発見する能力を有していないこと等の事実が白日の下にさらされたからである。
    しかも,仮に本件のような誤摘発が現時点において宇都宮東警察署以外で生じているとしても,警察等においてあらためて全国的かつ全面的な内部調査を実施しない限り,そのえん罪の事実が発見されることはあり得ない。なぜなら,我が国の刑事手続においては,捜査機関の生み出すえん罪を発見するために必要な手がかり(証拠)が,十分に確保・顕出されていないからである。これは,刑事司法制度の根幹に関わる構造的欠陥であると言わざるを得ない。
    多数のえん罪発生を未然に防止できなかった警察,検察及び裁判所は,再発防止に向けて全力で取り組むとともに,再発防止策の進捗状況を適時公表する当然の社会的責務がある。無論,弁護士及び弁護士会も,この責任を共に引受け,再発防止に向けて三者とともに努力するという強い決意である。
  4. かかる観点から,当会を含めた4弁護士会(栃木県,茨城県,千葉,埼玉)は,平成25年7月3日付けの栃木県警察本部長及び宇都宮地方検察庁検事正宛の各質問状をもって,本件発生の経緯についての調査結果と,それを踏まえた再発防止策の実施状況につき報告を求めるとともに,同日付け警察庁長官及び検事総長宛の各連絡書をもって,上記公開質問に対する適切な回答がなされるよう指導を求めた。しかしながら,栃木県警察本部及び宇都宮地方検察庁からの平成25年7月23日付け回答書は,質問事項の大多数を意図的に無視した極めて不十分な内容であり,内部調査の実施や捜査過程の可視化実現への道筋はもとより,再発防止のための具体的な改善策の有無や内容,それどころか本件誤摘発の発覚した経緯すらも,全く明らかにされなかった。また,弁護士会との意見交換の申入れに対しても,一切無回答という態度であった。
    本件えん罪被害の発生について第一次的責任を負う警察及び検察がこのような不誠実な姿勢を変えない限り,国民から託された捜査機関としての責務を果たすことはできない。ましてや全国的に存在し得る未発見の同種誤摘発えん罪事件を発見することも,さらには刑事司法制度に深く根付いてしまったえん罪発生の構造を改革することも,およそ不可能である。
  5. 二度とこのようなえん罪を発生させないためには,第1に,本件について客観的な視点・立場から徹底的な原因究明を行い,再発防止策について関係者の英知を集結することが必要である。第2に,同種の隠れた誤摘発やえん罪に対して徹底的かつ包括的に対処するため,全国的な実態調査を行うべきである。第3に,具体的な再発防止策として,捜査機関において,捜査の適正を担保する証拠資料を事後的に検証可能な状態で確保し,かつ,確保された証拠資料を刑事手続上顕出させることが必要不可欠である。同様に,裁判所においても,かかる証拠資料を有罪認定のための必須の証拠として刑事手続上に顕出させる扱いとすべきである。本件において,捜査の適正を担保するための資料として,たとえば速度測定装置の取扱説明書や同装置の設置状況に関する録音・録画等の記録,あるいは自白に至る取調べの状況の全過程の録音・録画等の記録が確保・顕出されていれば,刑事手続の過程でえん罪に気づくことができた可能性は高い。第4に,そうした具体的再発防止策の徹底後の再調査,再検証を行うものとすることにより,不断の努力によって将来のえん罪発生を可及的に防止すべきである。
    よって,当会としては,警察,検察及び裁判所が,本件の多数のえん罪被害を生んだ自らの重い責任に各々正面から向き合い,各えん罪被害者に真摯に謝罪したうえ,次のとおり再発防止等の対策を直ちに実施するよう強く求める。当会はこれら対策の実施に対して一切の協力を惜しまないことを宣言する。

     (1)本件に関して,弁護士等の参加する第三者組織による客観的な調査及び再発防止策等の検討を行い,その成果を書面で公表すること。
     (2)他の時期及び他の警察署における本件誤測定と同種事例の有無及び内容に関する実態調査を全国的に実施すること。
     (3)速度違反等の交通取り締まりに当たっては,捜査機関において,機器の設定,測定の状況,摘発及び取調べの状況等の全過程を,写真撮影や録音・録画等の方法により客観的かつ事後的に検証可能な方法によって記録し,さらに,当該記録等を刑事手続上に顕出すること。また,裁判所においても,当該記録等を有罪認定のための必須の証拠として刑事手続上に顕出させる扱いとすること。
     (4)再発防止策実施後の再検証・再調査を実施すること。

以 上

2013年(平成25年)12月11日
埼玉弁護士会会長  池本 誠司

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