2014.03.12

少年審判における検察官関与対象事件の範囲拡大と 少年に対する有期刑の上限引き上げに反対する会長声明

  1. 平成26年1月24日招集された通常国会において,政府は,少年法の一部を改正する 法案を提出した。
    この法案は,①家庭裁判所の裁量による国選付添人制度の範囲を「死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁固に当たる罪」まで拡大することを内容とする一方で,②検察官が少年審判に関与できる事件の範囲も,国選付添人制度の範囲と同じく,「死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁固に当たる罪」にまで拡大し,③有期刑(不定期刑)の短期と長期の上限をそれぞれ10年と15年に引き上げることを内容とする点で,少年法の理念を崩壊させる危険性を有するものであるから,②及び③の点は反対する。
  2. 検察官関与対象事件は拡大すべきでない
    少年法は,「少年の健全な育成を期し」(法1条),保護主義・教育主義を基本理念としている。すなわち,非行に陥った少年を非難し,罰によって懲らしめるのではなく,可塑性に富む少年の健全な育成のために,非行に至った問題点を解決し,立ち直りを後押しすることを目指している。
    そのためには,少年に対して教育的に働きかけ,心を開かせ,少年自身に問題点を自覚させ,内省を深めるプロセスが欠かせない。少年審判は「懇切を旨として,和やかに行う」(法22条1項)としているのは,このためである。そこでは,少年は刑事被告人のように防御的活動を行う当事者としてではなく,保護者も付添人も,原則的に保護の協力者として審判手続に関与するものである。
    このような少年審判は,本質的に検察官の関与とは相容れない。検察官は,主として刑事訴追を行うことを職責としており,公益の代表者としての職責を与えられているが,少年の健全育成を担う専門性を有しているとはいえない。そのような検察官が,少年審判に関与した場合,非行事実を認定するための手続に限るとしても,審判手続に構造的な変化をもたらし,少年を萎縮させ,十分に心を開いて内省を深める手続とすることは難しくなる。
    検察官関与の問題点はこれだけではない。少年審判では,予断排除の原則,伝聞証拠排除法則の適用がなく,裁判官は審判開始前に違法収集証拠も含めすべての証拠に触れることができる。このような仕組みの少年審判に,検察官が関与した場合,非行事実を積極的に認める傾向が強くなり,少年は冤罪の危険にさらされることになる。このような状況下で,少年の立ち直りを後押しすることは困難である。
    このように検察官の少年審判への関与は,保護主義を崩壊させる危険性を有するものである。当会は少年審判への検察官関与に当初から反対してきた。今回の少年法改正法案は重大な問題を孕む検察官の少年審判への関与を飛躍的に拡大させるものであるから,到底看過することはできない。
  3. 有期刑の上限を引き上げるべきではない
    統計上,少年事件が凶悪犯罪を含め減少傾向にあることは明らかである。平成24年の少年による刑法犯の検挙人数は昭和21年以降最も少なかった。少年事件が増加・凶悪化しているから有期刑の短期と長期の上限を引き上げ厳罰化すべきであるという議論があるが,その前提となる立法事実は存在しないのである。
    また,成人の有期刑の上限が引き上げられたことに対応して,少年の有期刑の上限もバランスをとって引き上げるべきだという議論があるが,これも短絡的な暴論である。
    少年法は,不定期刑を導入するとともに,成人に比べ有期刑の期間を大幅に緩和している。その理由は,少年は成人に比べ可塑性が高く,より教育的処遇が必要かつ有効であること,人格の未熟さゆえに責任の程度が成人より低いことなどが挙げられる。
    少年が社会に居場所を見つけ,社会に適合し,立ち直ることを支援するという少年保護の観点からは,心身の成長の最も著しい時期に社会から長期間隔絶することは避けるべきである。
    このように少年は成人とは異なる特徴を有するのだから,成人と少年の刑罰は同列には論じられない。この差異を無視して,少年の有期刑引き上げを強行することは,教育的処遇を通じて少年の立ち直りを後押しするという少年法の理念を踏みにじるものである。
  4. 国選付添人対象事件の拡大について
    なお,少年法改正法案について,国選付添人対象事件の拡充と検察官の関与対象事件の拡大とがセットであるとする議論がある。
    しかし,これは短絡的な議論である。付添人,特に弁護士付添人は少年の権利として認められている(法10条)ものであり,その法的援助の強化と平等を図るため,国選付添人対象事件を拡充することは少年法の理念に沿うものであり望ましいことである。これに対し,検察官対象事件の拡大は,上記のとおり少年法の理念に本質的にそぐわない。このように根本的差異のある国選付添人対象事件の拡充と検察官関与拡大を同列に論じることはできない。
    国選付添人の拡充をもってしても,法案全体をみれば検察官関与の拡大の持つ危険性は払拭できない。それほど検察官関与の拡大は,少年法の理念を崩壊させる大きな危険性を有するのである。
  5. 以上の理由から,当会は,少年審判における検察官関与事件の範囲を拡大すること(前記②)及び少年に対する有期刑の上限を引き上げること(前記③)は,少年法の理念を崩壊させる危険性を有するものとして反対する。

以 上

2014年(平成26年)3月12日
埼玉弁護士会会長  池本 誠司

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