2014.03.12

特定商取引に関する法律の指定権利制度の廃止を求める意見書

第1 意見の趣旨

(1)特定商取引に関する法律(以下,「特定商取引法」という。)における訪問販売,通信販売及び電話勧誘販売の各取引(同法第2条1項ないし3項)の対象となる権利につき,「施設を利用し又は役務の提供を受ける権利のうち国民の日常生活に係る取引において販売されるもの」との限定をせず,かつ,政令により指定する制度を廃止し,権利の販売全般を規制対象とするよう改正すべきである。 (2)前項の改正に伴い,連鎖販売取引の定義規定(同法33条1項)における「施設を利用し又は役務の提供を受ける権利」についても,すべての権利を規制対象とするよう改正すべきである。

第2 意見の理由

(1) 現行法について

特定商取引法は,その前身である訪問販売等に関する法律とともに,消費者に被害を生じさせやすい特徴と問題点を有する取引類型を規律する法律として,取引の適正・円滑化とともに,取引を公正なものにし,消費者被害の防止を図ることを主たる目的とする。同法は,当初は政令で指定した商品のみを適用対象とする政令指定商品制としたが,1988(昭和63)年改正において,指定商品品目を拡大するとともに,役務と権利を指定対象に加えた。その後も,同法については,立法目的を実現させるために,度重なる法律・政令改正が行われ,その規制範囲を拡大してきた。しかし,こうした改正を繰り返してもなお,政令指定制度の下では規制のすき間を狙う悪質業者が絶えず,後追い規制となっていた。
そこで,被害の後追いを回避するため,2008(平成20)年の同法改正により,訪問販売,通信販売及び電話勧誘販売の方法による取引については政令指定制度のうち商品と役務については,政令指定制度が廃止された。
ところが,同改正においてもなお,権利の取引については,「施設を利用し又は役務の提供を受ける権利のうち国民の日常生活に係る取引において販売されるものであって政令で定めるもの」(同法第2条4項)として,権利の性質を限定したうえで政令により対象を指定する方式(以下,「指定権利制度」という。)が維持された。現在,政令で指定されている権利は,保養施設等を利用する権利等3種に限られ(同法施行令第3条別表第一),これら以外の権利の販売については,依然として規制の対象外とされている。

(2) 指定権利制度の廃止の必要性

しかし,以下の諸点に鑑みると,もはや権利についてのみ,指定権利制度を維持することは適切ではない。

ア.特定商取引法は,取引への誘引方法や,取引がなされる場所・態様等の外形に着目して,消費者が不意打ち的で強引な訪問や勧誘により十分に検討の余地もないまま取引をさせられてしまう危険性や,虚偽ないし不十分な説明による勧誘または不当表示により不当な契約を締結させられてしまう危険性が存在する類型の取引を規制するものである。訪問販売等の形で行われる取引においては,外形上,消費者に生じうる危険性の点で,権利の取引と商品・役務の取引との間で何ら異なるところはない。それゆえ,権利についてのみ,商品・役務と異なった扱いをする必要性は見出しがたい。
また前述のとおり,トラブルを招きやすい類型の取引に必要な規制を行い,被害を防止するとの特定商取引法の立法目的を実現するため,役務と権利が特定商取引法の規制対象に加えられた改正経緯に照らせば,商品・役務と権利の規制のあり方に殊更に差異を設けるべき何らの合理性も認められない。

イ.加えて,トラブルを引き起こす危険性のある取引対象は,商品又は役務であるか,それとも権利であるかの明確な線引きが困難である場合が多々ある。この点においても商品・役務と権利とを殊更に区別する合理性は無い。役務と解する範囲を広げることで被害が事実上救済されるとの見解もあるが,権利を役務とみなしうるための明確な判断基準が存せず,個々の解釈に委ねざるを得ないという点で上記見解には限界がある。

ウ.また,政令による指定を受けない権利の販売をめぐる被害等が近年,全国的に多発しているとの実情がある。実際に販売対象とされた権利は「著作権の支分権」,「老人ホーム入居権」,「鉱山の採掘,鉱物に関する権利」,「天然ガス施設運用権」,「知的財産分与譲渡権」等と多岐にわたり,「国民の日常生活に係る取引において販売されるもの」に限られず,その権利自体が実在しているか否かの判断もまた容易ではない。埼玉県内においても,「水資源の権利」,「二酸化炭素排出権」,「カンボジアの土地使用権」といった実体不明の権利を商品とする取引に関する被害が多数報告されている。また,金融商品取引法において登録義務等が適用除外とされる適格機関投資家等特例業務(同法63条)に該当する取引は,特定商取引法の適用除外(同法26条1項8号)には該当せず,適用を受けるべき取引のはずであるが,「出資持分」については「権利」の販売と解釈される余地を残しているため適用に疑義が生じる。
各種権利をめぐるトラブル・被害が上記のように拡大しているという現状は,2008(平成20)年法改正により商品及び役務についての規制が強化されたため,規制のすき間を狙う事業者が政令指定されていない権利の販売へと取引をシフトさせた結果とみることができる。指定権利制を維持することは,特定商取引法の立法趣旨に反して消費者の損害が拡大するおそれが強く,合理性は見出しがたい

エ.規制のすき間を解消して後追い規制を回避しようとする2008(平成20)年改正法の趣旨に照らしても,権利についてのみ政令指定制度を残存させることに合理性を見出すことは困難である。
この点に関して,消費者庁は,①特定商取引法の目的は詐欺的取引等違法な取引排除を念頭に置いたものではない,②詐欺的取引を特定商取引法の規制に置くと,本来,その存在自体が許されない詐欺的取引についてその存在自体は許容されるとの誤ったメッセージを出すことになってしまう,③適正事業者に対して過剰な規制を強いるおそれがある等の理由を掲げて,指定権利制の廃止に反対している。
しかし,上記①ないし③の点は,以下に述べるとおりいずれも誤りである。
まず,①特定商取引法の法目的は詐欺的取引等違法な取引排除を念頭に置いたものではないという反対論についてみると,同法は「取引の公正及び購入者等の損害防止を図ること」(同法第1条)との目的を定めており,書面交付義務や勧誘行為規制等を通じて違法な取引を排除することは,法目的と何ら反するものではない。指定権利制を廃止して,権利販売の取引ルールを商品販売や有償役務提供に関する取引ルールの水準に合わせることは,訪問販売等の取引の公正及び購入者等の損害防止を図るという法目的に照らしむしろ必要なことである。
また,②詐欺的取引についてその存在自体は許容されるとの誤ったメッセージを出すことになってしまうという懸念に対しては,特定商取引法26条1項8号が,他の事業者規制法に違反して無登録・無許可・無免許の業者が行う取引については適用除外とせず,特定商取引法が適用される点を指摘しうる。特定商取引法は開業規制等に違反している違法業者の存在を許容している訳ではないし,そのような違法業者を許容するメッセージを出している訳でもないことは明らかである。
そもそも,特定商取引法の指定商品・役務制を廃止した2008(平成20)年の審議において,法規制のすき間を作らないとの政策判断が採用されており,取引形態が外形的に見て訪問販売等に該当すれば,商品・役務の種類・属性(公序良俗違反等)を問わず,訪問販売等の事業者として書面交付義務や勧誘行為規制等の適用を受けるものとすべきであり,このことは商品・役務と権利とで何ら異なるところはない。事業者が外形上「権利」の販売を装うことによって,本来規制されるべき訪問販売等の販売方法を野放しにすることは,むしろ本末転倒である。  さらに,③適正事業者に対する過剰規制という懸念に対しは,以下の4点を指摘することができる。

(ア)訪問販売等については,個別の事業者規制法による消費者保護の規制が存する取引分野は適用除外とされており(同法26条1項8号),適正な事業者の営業活動を過度に規制しないよう配慮されている。他方,一般消費者に対して,「水資源の権利」,「二酸化炭素排出権」,「カンボジアの土地使用権」といった,政令指定外の権利の販売を行う適正事業者というものの存在は聞かれない。

(イ)訪問販売等の不意打ち的な手段を用いて勧誘を行う取引形態が同じであるにもかかわらず,政令指定外の権利の販売業者を商品販売業者ないし役務提供事業者に比して特別に優遇する理由はない。特定商取引法は,訪問販売等の取引類型を違法と断ずるのではなく,消費者が判断を誤りやすい取引形態であるとして書面交付義務や勧誘行為規制等を加えているものである。この点で,商品・役務と権利を区別する理由は無い。

(ウ)2008年法改正により商品・役務の政令指定制が廃止された際,それまで指定外であった商品・役務を提供していた事業者に対して,書面交付義務や勧誘行為規制が課されたが,これらの事業者が過剰な規制を強いられたとして問題となった事例は聞かれない。

(エ)仮に,権利の販売を一律に規制対象とすることが適当ではない場合が生じうるのであれば,適用除外規定(同法26条)を設けることで対応することが可能であり適当でもある。  したがって,これらの反論はいずれも理由がない。

オ.特定商取引法における規制は,詐欺的な事業者を排除するための措置としては不十分ではないかとして,その実効性に疑問を投げかける指摘もある。
しかし,特定商取引法は,クーリング・オフの規定のみならず,事業者に対する行為規制違反が契約取消権等の民事上の効力に結びつけられている点で,被害の救済や拡大の防止に有用な手段となる。商品・役務の指定制が廃止されたことにより,内容不明確な役務提供を商材とした詐欺的取引のケースについてクーリング・オフによる被害回復が可能となるなど,特定商取引法第1条に掲げられている「取引の公正及び購入者等の損害防止を図ること」との法目的に照らした一定の有効性が確認できる。
また,消費者と事業者との間で紛争となった場合において,詐欺取引か否かの点が外形上一見して明らかでないときに,権利の性質・正当性が裁判上の争点になり,裁判手続が長期化することがしばしばある。その間に事業者の行方が分からなくなり,被害回復を実現できなくなるという問題が度々生じている。このような事態を回避するうえでも,指定権利制を廃止して,権利の性質や詐欺性に関する論争を不要とすることが有効でありかつ妥当である。

(3) 連鎖販売取引における権利の適用対象の見直し

連鎖販売取引(特定商取引法第33条1項)の対象となる「物品」には,「施設を利用し又は役務の提供を受ける権利」が含まれるものとされているが,権利の適用対象をこのように限定する合理的な理由は全くない。現に,利殖がらみの権利を販売対象とするマルチ商法が発生しているなど,権利の適用対象を限定していることが脱法行為を許容する原因となっている。
したがって,訪問販売,通信販売及び電話勧誘販売と同様に,連鎖販売取引についても全ての権利を規制対象とするよう改正すべきである。

(4) 結論

以上のとおり,特定商取引法における訪問販売,通信販売及び電話勧誘販売の適用対象については,現行法における指定権利制度を廃止し,かつ「施設を利用し又は役務の提供を受ける権利のうち国民の日常生活に係る取引において販売されるもの」との限定をせずに,「権利の販売」全般を適用対象とすべきである。
また,連鎖販売取引における権利の適用対象の限定を廃止するなど,関連する諸規定についても改正すべきである。

以 上

2014年(平成26年)3月12日
埼玉弁護士会会長  池本 誠司

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