2014.03.12

「ワークルール教育推進法」の制定を求める意見書

第1 意見の趣旨

使用者・労働者双方を対象とする働くことに関する労働関係法制度・紛争解決方法を含む広いルール(以下「ワークルール」という)の教育・啓発に関する施策を国及び地方公共団体に義務付ける「ワークルール教育推進法」を速やかに制定し,同法に基づく予算措置を講じるべきである。

第2 意見の理由

  1. 現在の日本経済は,各種統計上は好転の兆しを見せつつある。しかし,労働をめぐる状況は,決して好転していない。
    いわゆる新卒者の就職活動が依然として厳しい状況にあることに加えて,現在はいわゆる非正規雇用で働く労働者も多数に上っているところ,いわゆる非正規雇用から,より安定的な正規雇用に移行することも容易ではない。そして,厳しい雇用情勢の下において,仕事を求める求職者の焦り,仕事を失うことに対する労働者の不安に乗じて,劣悪な労働条件での労働を強いる,いわゆるブラック企業が横行している。ブラック企業問題の指摘を受けて今般実施された厚労省の調査では,8割を超える企業において労働基準法違反の事実が確認され,大いに社会問題となっている。
  2. 誰しも生活のために労働をしなければならないのであり,職を求める人々の切実な競争が労働環境の切り下げにつながる恐れがある。そのような事態を防止することが,労働者の生活の質を維持・向上させる上で重要な意味を持つ。
    それゆえ,日本国憲法が労働基本権を保障しているのであり,労働基準法を初めとする労働関係法制度は,労働基本権を具体化するものである。労働をめぐる深刻な諸問題が発生している現状においてこそ,労働関係法制度の存在意義がある。
    しかし,単に労働関係法制度が存在しているだけで労働者の正当な権利が保護されるわけではない。すべての労働者の正当な権利が守られるためには,労働者自身が,自らの正当な権利について理解し,自らの権利が侵害されている場合にはそのことに気づくこと,同時に,使用者側も,労働に関するルールを理解して正当なルールに立脚して労働者を雇用することが,労働者の権利を守る上で重要なことである。
  3. 厚生労働省も,2009年2月27日付「今後の労働関係制度をめぐる教育の在り方に関する研究会報告書」において,「労働関係法制度が適切に周知され遵守されることの究極的な目標は,労働関係の紛争や不利益な取り扱いを円満に解決もしくは未然に防止し,適切な労使関係を構築することにある。すなわち,労働関係法制度を知ることは,労働者にとっては自らの生活を守るために,使用者にとっては円滑な企業経営を確保するために重要な要素であり,労働者・使用者双方にとって必要不可欠である」と指摘している。
    すなわち,働くことに関するルールを国民が正しく認識することは,単なる教養として必要とされているのではなく,労使問わず,1人1人が生きていく上で必要とされる知識なのである。
    また,知識として働くことに関するルールを知ることのみならず,問題が生じた場合の相談窓口や交渉窓口(労働組合),法的措置の種類・選択等の知識を生かして適切な行動をとる能力を身につけることも必要である。
  4. この点,消費者教育推進法が制定されたことが非常に参考となる。同法は,「消費者教育が,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差等に起因する消費者被害を防止するとともに,消費者が自らの利益の擁護及び増進のため自主的かつ合理的に行動することができるようその自立を支援する上で重要である」としているが(1条),労働関係法規・紛争解決を含む働くことに関するルール(ワークルール)を教育することも,正に労働者・使用者の情報力・交渉力の格差に鑑みて,労働者が自らの利益の擁護及び増進のため自主的かつ合理的に行動することができるようその自立を支援する上で重要であり,使用者側にとって企業経営を円滑に行うために重要なものである。
  5. 上記の点からも明らかなように,生活をする上で重要な権利・利益やその実現に向けた対応方法を学校教育や社会教育の中で取り上げ,社会に出る前の学生や現に労働市場に関与している者に理解させるべきことが必要不可欠であることは,論を俟たない。 従って,ワークルールに関する教育も,学校教育の段階から実際の労働現場において,十分な教育体制が構築され,実践されるべきである。
    具体的には,ワークルール教育を国民教育における重要な課題であると位置づけ,憲法上の労働基本権の確立のために,ワークルール教育の推進が労使双方にとって重要な意義を有するものであることを明確に示した上で,国・地方公共団体や事業主において,教育現場や採用現場などにおいて,十分なワークルール教育が行われるよう具体的な施策を取ることを義務づけ,それに基づく具体的な予算措置を取ることを骨子とするワークルール教育推進法を制定すべきである。
    よって当会は,学校教育や社会教育の場における,ワークルール教育に法的根拠を与え,国や地方公共団体に施策を義務づけるワークルール教育推進法の制定を強く求める。

以 上

2014年(平成26年)3月12日
埼玉弁護士会会長  池本 誠司

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