2014.03.12

埼玉県議会文教委員会による高校の修学旅行への介入行為に 抗議し、教育現場の自主性の尊重を求める会長声明

  1. 埼玉県議会文教委員会決議
    2013年12月17日、埼玉県議会文教委員会は、埼玉県立朝霞高校が一昨年12月に行った台湾への修学旅行について、「事前学習で歴史的事実に疑念があるDVDや捏造が指摘されているNHK番組を活用した」、「修学旅行のしおりに賠償問題は解決済みである政府見解と相容れぬ補償を求める記述や、『台湾を植民地としていた』など、我が国の歴史的事実と相反する若しくは未確定・捏造の記述が使用されていること」、「現地では反日思想を思わせる方の話を聞かせ贖罪意識を植え付ける」などの問題があったとして、「県立高校の社会科教育の指導徹底を求める決議」を可決した(以下「本件決議」という)。
    また、埼玉県議会文教委員会は、本件決議の審議において、県教育局から朝霞高校生徒8名の感想文を提出させた上、さらに複数の議員が修学旅行に参加した全生徒の感想文の提出を求めた(以下「本件調査」という)。
    当会は、本件決議及び本件調査を行った埼玉県議会文教委員会に対して、以下の理由から、強く抗議する。
  2. 決議は教育への政治介入であって許されない
    本件決議は、直接は、朝霞高校教師の教育の自由に対する政治介入であるが、教師の教育の自由の背景には、子どもの学習権がある。
    子どもは生まれながらに、その尊厳を尊重され、人格と能力を最大限に発達させるために必要な学習をする権利を有している(学習権。憲法13条、26条、子どもの権利条約6条、29条1項)。
    一人ひとりの子どもはその個性や発達段階、環境等に応じて様々な課題を抱えており、教育は、教師と子どもとの人格的なふれあいの中で、子どもの多様な課題や困難を含めた成長の過程に寄り添い、子どもを受け止め、子どもに応えることによって子どもの成長を支える活動である。そのために、教師には教育の専門性に根ざした一定の教育の自由が保障される必要がある。また、本来、教育は人間の内面的価値に対する文化的な営みであり、多数決原理が支配する政治的影響によって支配されるべきでなく、教育内容に対する時の政府や行政の介入はできるだけ抑制的であることが要請される(以上、1976年5月21日旭川学力テスト事件最高裁判決)。
    この点、国が教育の大綱的な基準として学習指導要領を策定しているが、その法的拘束力を肯定する立場に立ったとしても、その一言一句が拘束力すなわち法規としての効力を有するとは考えられない。学習指導要領中、理念や方向性のみが示されていると見られる部分、抽象的ないし多義的で様々な異なる解釈や多様な実践がいずれも成り立ち得るような部分等は、法規たり得ないか、具体的にどのような内容又は方法の教育とするかについて、その大枠を逸脱しない限り、教師の広い裁量に委ねられている(2011年9月16日東京高裁判決、2013年11月28日最高裁決定により確定)。
    高校の修学旅行の内容については、学習指導要領上、「平素と異なる生活環境にあって、見聞を広め、自然や文化などに親しむとともに、集団生活の在り方や公衆道徳などについての望ましい体験を積むことが出来るような活動を行うこと」とされている。この学習指導要領の規定の仕方は多義的な解釈を許す規定の典型であって、修学旅行の内容設定は、教師の広い裁量に委ねられているのである。
    仮に個別の教育内容に問題がある場合であっても、まずは、教育を受ける子どもと保護者や教育現場での自主的な批判や議論による浄化作用を期待するべきであって、政治家である地方議会議員が直接個別の教育内容に対する介入を行うことは、厳に慎まれなければならない。
    かかる教育の自由や教師の裁量に属する事項について、地方議会が個別の教育内容を非難し、指導徹底や訂正授業を求めるなどということは、教育の自主性を歪める危険のある政治的な介入行為である。従って本件決議は、教育に対する「不当な支配」(教育基本法16条1項)にあたる行為であって許されない。
  3. 朝霞高校の生徒の基本的人権への侵害行為
    また、朝霞高校の生徒8名の修学旅行の感想文を提出させ、さらに全生徒の感想文をも提出を求めるという、埼玉県議会文教委員会による本件調査は、より直接的に、朝霞高校生徒の基本的人権を侵害するものである。
    感想文は、個別の教育実践において教師と生徒との一定の信頼関係に基づき作成されたものである。生徒が教師に提出した感想文が公開されることになれば、教師と生徒との信頼関係が崩され、生徒の学習権を侵害する。また、多様な生徒の意見が記載されてしかるべき感想文について、県議会で内容の適否を評価し議論することは、生徒の思想・良心の自由(憲法19条)や意見表明権(子どもの権利条約12条)を害する行為である。
    なお、このような埼玉県議会文教委員会の求めに応じて、朝霞高校生徒8名の感想文を提出させた県教育局の判断も問題であり、当会は、県教育局に対しても、生徒の学習権、思想・良心の自由、意見表明等の基本的人権を侵害することのないよう適切な教育行政の運用を求めるものである。
  4. 以上述べたとおり、埼玉県議会文教委員会が行った本件決議は、教育の自主性を歪める危険のある「不当な支配」にあたる行為であって許されない。また、審議過程で生徒の感想文を提出させた行為も生徒の基本的人権を侵害する行為である。
    当会は、埼玉県議会に対し、文教委員会のこれら朝霞高校修学旅行に対する介入行為に抗議し、教育現場の自主性の尊重を求めるものである。

以 上

2014年(平成26年)3月12日
埼玉弁護士会会長  池本 誠司

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