2014.04.15

袴田事件の再審開始決定を受け、 改めて取調べの全面可視化実現を求める会長声明

  1. 去る2014(平成26)年3月28日、静岡地方裁判所(以下「静岡地裁」という。)は、袴田巖氏の第二次再審請求事件について、再審を開始し、死刑及び拘置の執行を停止する決定をした(以下「本件決定」という。)。
    袴田事件は、1966(昭和41)年6月30日未明、旧清水市(現静岡市清水区)の味噌製造会社専務宅で、一家4名が殺害された強盗殺人・放火事件であるが、本件では、事件から1年2か月後の一審公判中に、多量の血痕が付着した5点の衣類が味噌タンク内の味噌の中から発見され、静岡地裁は、袴田氏がこの5点の衣類を着用して被害者らを殺傷したと認定し、死刑判決を下した。その後、最高裁判所(以下「最高裁」という。)が袴田氏の上告を棄却し、死刑判決が確定、第一次再審請求も最高裁が袴田氏の特別抗告を棄却して終了した。
    弁護団は、2008(平成20)年4月25日に申し立てた第二次再審請求において、5点の衣類に関する味噌漬け実験報告書やDNA鑑定などを新証拠として提出し、5点の衣類が袴田氏のものでもなく、犯行着衣でないことを明らかにした。
    今般、静岡地裁は、5点の衣類が捜査機関によってねつ造された疑いのある証拠であることを指摘した上で、再審開始を決定し、さらに、袴田氏の長期にわたる拘禁状態について、捜査機関の違法、不当な捜査が疑われることから「国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上にわたり身体を拘束し続けたことになり、刑事司法の理念からは到底耐え難い」とまで言及し、死刑の執行停止に加えて拘置の停止も決定するという画期的判断を行った。
    当会は、本件決定を高く評価するとともに、静岡地方検察庁がこの決定に対して即時抗告したことに対して強い遺憾の意を表明するものである。
  2. 袴田事件においては、前記「証拠のねつ造」のほかにも、袴田氏に対してなされた捜査官による過酷な取調べの事実は強く非難されねばならない。
    すなわち、袴田氏は、逮捕された当初から一貫して無実を訴えていたが、残暑の厳しい中、連日のように、1日平均12時間、最も長い日は16時間を超える厳しい取調べを受け続けた結果、逮捕されて20日目に本件犯行を自白させられるに至った。
    袴田氏が自白した後、捜査官により多数の自白調書が作成されたが、死刑判決を下した一審の静岡地裁さえ、このうちすべての警察官調書について「被告人の自由な意思決定に対して強制的・威圧的な影響を与える性質のもの」であり、任意性に疑いがあるとして証拠から排除していることからも、袴田氏に対する取調べがいかに過酷であったかが容易に想像できる。
    密室における過酷な取調べが数々の冤罪を生んできたことは歴史的にも明らかであるが、この様な歴史には一刻も早く終止符を打たねばならない。
  3. 現在、法務省法制審議会「新時代の刑事司法特別部会」(以下「特別部会」という。)において、取調べの可視化(録音・録画制度)について検討されているが、同部会が制度設計に関するたたき台として示した「作業分科会における検討結果」によれば、①可視化(録音・録画)の対象とすべき事件を裁判員裁判対象事件に限定したうえで、可視化の例外事由の判断について取調官に委ねる制度、②そもそも可視化の対象事件の範囲自体を取調官の裁量に委ねる制度などがあるべき制度として想定されている。
    しかるに、この様な制度設計では、特別部会設置の契機とされた郵便不正事件やPC遠隔操作事件、さらには痴漢冤罪事件など多くの事件が可視化の対象とされない。また、取調べの可視化は、被疑者の供述の任意性・信用性の判断に資するのみならず、取調べの適正化を図り、被疑者の黙秘権を保障しようとする目的の制度であるにもかかわらず、可視化の例外事由や対象事件の範囲の判断を取調官に委ねたのでは、この目的を達成することはおよそ不可能である。
    当会は、特別部会においてこのような誤った制度設計を前提とした議論がなされている事態を強く憂慮するものである。
    なお、特別部会において、村木厚子、周防正行委員らが本年3月7日付意見書を提出し、改めて取調べの全面可視化を訴えていることは、前記可視化の目的を深く追求するものであり、当会は、特別部会が同意見書の趣旨を真摯に受け止めることを強く希望するものである。
  4. 袴田氏は、過酷な取調べを経た死刑判決によって、長年にわたり死の恐怖に直面しながら生活するという甚大な苦痛を受け、心身を病むに至っている。
    袴田氏が受けた悲劇を二度と繰り返してはならない。そのためには、取調べの全面的な可視化が必要不可欠である。
    当会は、改めて、裁判員裁判対象事件に限定せず、すべての事件を対象とした取調べの全面的な可視化(録音・録画)制度を構築することを、強く要請するものである。

以 上

2014(平成26)年4月15日
埼玉弁護士会会長  大倉 浩

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