2014.05.22

あるべき「新時代の刑事司法制度」の確立を求める総会決議

第1 決議の趣旨

「新時代の刑事司法制度」は、憲法及び刑事訴訟法の適正手続保障の趣旨を徹底した冤罪を防止するための制度でなければならない。
かかる「新時代の刑事司法制度」確立のために、当会は、新時代の刑事司法制度の取りまとめにあたって、少なくとも
第1に、例外のない取調べの録音・録画制度を導入すること
第2に、対象事件を限定しない全面的証拠開示制度を実現すること
第3に、通信傍受の対象事件の拡大を行わないこと
第4に、被告人の虚偽の供述を禁止する規定を設けないこと
を強く求める。

第2 決議の理由

  1. 特別部会設置の経緯
    (1)厚生労働省局長事件など、数々の冤罪・誤判事件や捜査機関による自白強要・証拠改ざんなどの不祥事が発生し、捜査の在り方に対する抜本的な見直しの必要性に注目が集まることとなった事態を受け、法務省に設置された
    「検察の在り方検討会議」は、2011年(平成23年)3月31日、「検察の再生に向けて」と題する提言を発表した。同提言は、「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方を抜本的に見直し、制度としての取調べの可視化を含む新たな刑事司法制度を構築するため・・・検討を開始するべきである」と結論づけた。同提言を受けて、法務大臣は、同年5月18日、法制審議会に対して「近年の刑事手続をめぐる諸事情に鑑み、時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため、取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しや、被疑者の取調べ状況を録音・録画の方法により記録する制度の導入など、刑事の実体法及び手続法の整備の在り方について御意見を承りたい」とする諮問第92号を発し、法制審議会は同諮問を受け、同年6月6日開催の第165回会議において、同諮問について調査・審議するために「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という。)の設置を決定した。
    (2)特別部会の設置に至る以上の経緯に鑑みると、諮問第92号にいう「近年の刑事手続をめぐる諸事情」とは、捜査機関の力が刑事司法実務全体に圧倒的な影響を与えるという構造的問題を背景に、捜査機関の暴走に対し制度的な歯止めがかけられずに冤罪・誤判が生じてきた状況を意味することは明らかである。 したがって、同諮問の趣旨は、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の根絶を図るために、取調べの全面可視化を中心に、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討して提言を行う役割を特別部会に求めたことにあり、これが、同部会が立脚すべき本来の原点であったと言うべきである。
  2. 特別部会における検討の経過
    (1)特別部会は、約1年半の審議期間を経た2013年(平成25年)1月29日開催の第19回会議において、「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」(以下「基本構想」という。)を発表した。「基本構想」は、「これまでの刑事司法制度において、捜査機関は、被疑者及び事件関係者の取調べを通じて、事案を綿密に解明することを目指し、詳細な供述を収集してこれを供述調書に録取し、それが公判における有力な証拠として活用されてきた。」「取調べによる徹底的な事案の解明と綿密な証拠収集及び立証を追求する姿勢は、事案の真相解明と真犯人の適正な処罰を求める国民に支持され、その信頼を得るとともに、我が国の良好な治安を保つことに大きく貢献してきた」として、従来の取調べ依存型の捜査手法に対して肯定的評価を与えたうえ、そのような従来型の捜査を適正確保の観点から修正する必要があると問題設定した。
    同時に「基本構想」は、「捜査段階での供述証拠の収集が困難化していることは、捜査機関における共通の認識となっている。」「公判廷で事実が明らかにされる刑事司法とするためには、その前提として、捜査段階で適正な手続きにより十分な証拠が収集される必要があり、捜査段階における証拠収集の困難化にも対応して、捜査機関が十分にその責務を果たせるようにする手法を整備することが必要となる」として、通信傍受の対象事件の拡大を始めとする新たな捜査手法を捜査機関に与えようとする。
    (2)その後、約1年の実務家・研究者委員のみで構成された作業分科会での検討を踏まえ本年2月16日に開催された第23回会議において配布された「作業分科会における検討結果(制度設計に関するたたき台)」(以下「たたき台」という。)においても、「基本構想」の考え方はそのまま踏襲された。
    (3)そして、特別部会は、同「たたき台」を元に、第23、24、25回会議を行った後、本年4月30日に開催された第26回会議において、「事務当局試案」(以下「試案」という。)を発表した。
    今後、同試案に基づいて、最終的な取りまとめが行われ、法務省は来年の通常国会に関連法案を提出するとも言われている。
  3. 「試案」の内容と問題点
    「試案」は、大きく分けると9項目にわたる提案を行っているが、その基本的な考え方は、前記「基本構想」・「たたき台」と同様、特別部会の設置目的を歪曲、矮小化するものであり、「取調べ」という本質的な問題点に迫る内容とはなっていない。本来、取調べ依存型捜査からの脱却を図るためには、被疑者の取調べ受忍義務の否定や取調べへの弁護人の立会権などに踏み込んだ議論がなされてしかるべきであるにもかかわらず、「試案」は、これらの問題点について触れることもなく、取調べ依存型捜査を存続させ、さらに捜査機関に供述や証拠獲得の新たな権限を与えようとしている。
    このように、「試案」は、到底、「新時代の刑事司法制度」の名に値するものとは言い難い内容となっているが、特に、以下に述べる4つの制度については、およそ看過することのできない重大な問題点が認められる。
    (1)取調べの録音・録画制度
    「試案」は、裁判員制度対象事件に限定して逮捕から起訴までの全過程での録音・録画を義務付けるA案と、これに加えそれ以外の全身柄事件における検察官の取調べについても録音・録画を義務付けるB案を併記する。また、機器の故障、被疑者自身が拒絶した場合、暴力団犯罪など、広範な例外規定を設け、しかも、例外に該当するかどうかの判断を捜査官に委ねる内容となっている。
    しかし、A案のように対象事件を裁判員制度対象事件に限定すれば、特別部会設置の契機となった前記厚生労働省局長事件や4名もの誤認逮捕被害者を出したPC遠隔操作事件、多くの痴漢冤罪被害事件などが取調べの録音・録画の対象外となってしまうし、B案のように検察官の取調べのみを録音・録画したところで警察官による違法・不当な自白獲得を防止することはできない。また、身柄拘束を免れたい一心から虚偽の自白を強いられてしまう典型的な冤罪事例を想起すれば、録音・録画の対象は、身柄拘束の有無を問わず任意の取調べも含むべきであるし、参考人としての取調べも含むべきである。
    次に、取調べの録音・録画制度の例外を認めるべきではない。「試案」が列挙する弊害は、いずれも録音・録画を制限する根拠にはなりえない。被疑者が拒絶する場合であっても、そのように捜査官が利益誘導などをする恐れがあり、その例外が悪用されかねない。仮に弊害があるならば、再生・開示を制限することによって対処することが十分可能である。また、機器の故障についても制限の根拠とはなりえない。当該機器が故障したとしてもすぐに代用の機器を用意することができるはずであるし、対処できない間は機器が利用できるようになるまで取調べを延期すべきである。
    被疑者の取調べについては、その全過程を録音・録画すべきであり、録音・録画制度の例外を認めるべきではない。
    (2)証拠開示制度
    「試案」は、公判前整理手続に付された事件について、検察官に対し証拠の一覧表を弁護人に交付することを義務付ける制度を提示している。しかし、他方、検察官が「犯罪の証明又は犯罪の捜査に支障が生ずるおそれ」があると認めるときには当該事項を一覧表に記載しなくてもよいなどとし、検察官による恣意的な例外判断の余地を広範に認めている。 本来、捜査機関が公費によって収集した証拠の開示を受けることは被告人の当然の権利であるにもかかわらず、「試案」は、このような証拠の公共財としての性格を無視し、有罪立証にとって都合が悪い証拠は一覧表から記載しなくてもよいという運用を容認しているが、これでは、冤罪を助長する制度になりかねない。開示の対象事件を公判前整理手続に付された事件に限定していることも、適正手続の保障・公平な裁判を受ける権利はすべての被告人に保障される権利であることを無視しており、到底、容認できない。
    当会は、対象事件を限定しない全面的な証拠開示制度の実現を強く求めるものである。
    (3)通信傍受の拡大
    「試案」は、通信傍受の対象事件を組織性が疑われる殺人、詐欺、窃盗など大幅に拡大し、同時に、通信事業者の立合いを不要とする新たな傍受方法の導入を提案している。
    しかし、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律の制定の際、通信の秘密が不当に侵害されるのではないかとの懸念が示され、違憲論が有力に主張されたことを忘れてはならない。仮に振り込め詐欺や組織的窃盗などの捜査において通信傍受の有用性が認められるとしても、その代償として多数の市民の通信の秘密が侵害されることは許容されるものではない。傍受手続の適正を担保するための措置である通信事業者の立会いを不要としたうえで、その対象事件を拡大するとなれば、その弊害は甚大と言わざるを得ない。そもそも、通信傍受の拡大は、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討し提言を行うという特別部会の役割との直接的な関係は認められない。
    このような違憲性の疑いが強い通信傍受制度の対象事件を大幅に拡大することは断固として認められない。
    (4)被告人の虚偽供述の禁止
    「試案」は、被告人の虚偽供述を禁止する旨の規定を設けることを提案する。
    しかし、当事者主義のもと、被告人には、供述をするか否か、どのような供述をするかについて、憲法上包括的黙秘権が保障されているのであるから、たとえ虚偽供述に対する制裁規定を伴うものでないとしても、このような規定を設けることは認められない。記憶が曖昧な事実につき被告人が供述を躊躇する事態などを想起すれば、この規定が被告人の防御活動に対して萎縮効果を与えることも明らかである。
    当会は、黙秘権侵害の疑いが強いこのような規定を設けることには強く反対する。
  4. 当会の活動
    当会は、特別部会における議論状況に強い危機感を抱き、あるべき「新時代の刑事司法制度」確立のための活動に取り組んできた。本年だけでも2月3日に「まっぴらごめん冤罪被害『新時代の刑事司法制度』は危ない!」と題する市民集会を開催し、大勢の市民の参加を得て大成功を収めたほか、3月12日付にて「『新時代の刑事司法制度特別部会取りまとめに向けての意見』に関する会長声明」、4月15日付にて「袴田事件の再審開始決定を受け、改めて取調べの全面可視化実現を求める会長声明」をそれぞれ発表するなど、繰り返し、取調べの全面的可視化と全面的証拠開示制度を基軸とするあるべき「新時代の刑事司法制度」確立を訴えてきた。
    しかるに、特別部会は、当会や他の多くの団体が訴え続けて来た冤罪防止のための制度実現の要求を無視し、捜査機関の権限拡大を志向する制度の実現を図ろうとしている。このような制度は、かえって冤罪を拡大することになり、到底、本来あるべき「新時代の刑事司法制度」とはなりえない。
  5. 結語
    そこで、当会は、特別部会設置の経緯に立ち戻り、憲法及び刑事訴訟法の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪を防止することを目的としたあるべき「新時代の刑事司法制度」を確立すべく、決議の趣旨記載のとおり、強く求めるものである。

以 上

2014年(平成26年)5月22日
埼玉弁護士会

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