2014.08.19

「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果【案】」 に対する意見書

第1 意見の趣旨

当会は、法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」が決定した「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果【案】」について、被疑者・被告人の権利擁護の見地から多々問題を含む内容であることに鑑み、今後の審議の抜本的見直しを求めるとともに、ことに、
1 例外なき全面的な取調べの録音・録画制度を実現すること、
2 新たな司法取引制度を導入しないこと、
3 通信傍受の対象事件の拡大・手続の簡易化を行わないこと、
4 対象事件を限定しない全面的証拠開示制度を実現すること、
を強く要望するものである。

第2 意見の理由

  1. 答申案の内容
    法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という。)は、2014年(平成26年)7月9日開催の第30回会議において、「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果【案】」と題する答申案(以下、単に「答申案」という。)を取りまとめ、これをもって諮問第92号に対する部会としての意見とし、法制審議会(総会)に報告することを全会一致で決定した。
    答申案の内容は、①取調べの録音・録画制度の導入、②新たな司法取引制度の導入、③通信傍受の合理化・効率化、④被疑者国選弁護制度の拡充、⑤証拠開示制度の拡充、⑥犯罪被害者等及び証人を保護するための方策の拡充など、極めて多岐にわたるが、特別部会は、これらが一つの総体としての制度を形成することによって、時代に即した新たな刑事司法制度が構築されていくと主張する。
  2. 特別部会設置の趣旨に鑑みた答申案の問題点
    特別部会は、厚生労働省局長事件など、数々の冤罪・誤判事件や捜査機関による自白強要・証拠改ざんなどの不祥事が発生し、捜査の在り方に対する抜本的な見直しの必要性が社会的要請となった事態を受け、法務省に設置された「検察の在り方検討会議」を前身とする。同検討会議が、2011年(平成23年)3月31日、発表した「検察の再生に向けて」と題する提言の中で、「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方を抜本的に見直し、制度としての取調べの可視化を含む新たな刑事司法制度を構築するため・・・検討を開始するべきである」と結論づけたことを受けて、法務大臣が、同年5月18日、法制審議会に対して「近年の刑事手続をめぐる諸事情に鑑み、時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため、取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しや、被疑者の取調べ状況を録音・録画の方法により記録する制度の導入など、刑事の実体法及び手続法の整備の在り方について御意見を承りたい」とする諮問第92号を発し、同諮問について調査・審議するために特別部会が設置された。
    特別部会の設置に至る以上の経緯に鑑みると、諮問第92号にいう「近年の刑事手続をめぐる諸事情」とは、捜査機関の力が刑事司法実務全体に圧倒的な影響を与えるという構造的問題を背景に、捜査機関の暴走に対し制度的な歯止めがかけられずに冤罪・誤判が生じてきた状況を意味し、同諮問の趣旨は、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の根絶を図るために、取調べの全面可視化を中心に、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討して提言を行う役割を特別部会に求めたと言うべきである。
    しかし、先に述べた答申案の内容は、極めて不十分な取調べの可視化、新たな冤罪・誤判の危険を生み出す制度の導入など、冤罪の根絶を図るために取調べの全面可視化を中心とした捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討・提言するという上記特別部会設置の趣旨を無視したものと言わざるを得ない。
  3. 取調べの録音・録画制度について
    答申案は、取調べの録音・録画の対象事件の範囲を裁判員制度対象事件及び検察官独自捜査事件に限定し、さらに、機器の故障、被疑者自身が拒絶した場合、暴力団構成員による犯罪など、広範な例外規定を設け、しかも、例外に該当するかどうかの判断を捜査官に委ねる内容となっている。
    この答申案によれば、取調べの録音・録画の対象は全刑事事件のわずか3パーセントにとどまり、4名もの誤認逮捕被害者を出したPC遠隔操作事件や痴漢冤罪被害事件など大部分の事件が録音・録画の対象外となってしまい、冤罪の根絶を図るための取調べの全面可視化という前記特別部会設置の趣旨からはおよそかけ離れた内容というほかはない。また、身柄拘束を免れたい一心から虚偽の自白を強いられてしまう典型的な冤罪事例を想起すれば、録音・録画の対象は、身柄拘束の有無を問わず任意の取調べも含むべきであるし、参考人としての取調べも含むべきであるところ、録音・録画の対象を逮捕・勾留中の被疑者に対する取調べに限定していることも問題である。
    さらに、取調べの録音・録画の対象事件であっても、広範な例外を容認していることも極めて問題である。答申案が列挙する例外事由は、いずれも取調べの録音・録画を制限する根拠にはなりえない。機器が故障したとしてもすぐに代用の機器を用意することができるはずであるし、対処できない間は取調べを延期すれば足りる。被疑者が拒絶する場合であっても、そのように捜査官が利益誘導などをする恐れがあり、その例外が悪用されかねない。仮に弊害があるならば、再生・開示を制限することによって対処することが十分可能である。
    被疑者の取調べは、その全過程を録音・録画しなければ、可視化による捜査機関の暴走の抑制は図りえないのであり、安易な例外の許容はむしろ新たな虚偽自白の作出と冤罪・誤判の危険を生み出すものであるから、取調べの録音・録画の例外を認めるべきではない。
  4. 司法取引制度について
    答申案は、一定の犯罪について、捜査・公判協力型協議・合意制度の導入を認めるが、その内容は、「検察官が必要と認めるときは、被疑者・被告人との間で、被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにするため真実の供述その他の行為をする旨及びその行為が行われる場合には検察官が被疑事件・被告事件について不起訴処分、特定の求刑その他の行為をする旨を合意することができる」というものである。弁護人の同意が要件とされているものの、「被疑者又は被告人及び弁護人に異議がないときは、合意をするために必要な協議の一部を被疑者若しくは被告人のみとの間で行うことができる」とする。
    しかし、このような制度は、自らの刑責を軽くしたいがために無関係な第三者を巻き込むことにより、冤罪を生み出す危険があるし、被疑者・被告人に対し利益誘導的に捜査・公判への協力を持ち掛けることにより、冤罪の温床となる危険もある。
    また、適正手続を保障するための弁護人の関与に前記のとおり制限を認めることで、冤罪の危険を助長するものとなっている。
    このような制度は、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討し提言を行うという特別部会設置の趣旨との関係が認められないばかりか、かえって供述に依存した捜査を助長し、特別部会設置の趣旨に逆行する事態を招きかねないものであるから、当会は、かかる制度の導入には断固反対する。
  5. 通信傍受の対象犯罪の拡大等について
    答申案は、通信傍受の対象事件を「数人の共謀によるものである」と疑われ、かつ、「あらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われた」と疑われる殺人、詐欺、窃盗など、大幅に拡大し、同時に、通信事業者の立合い等を不要とする新たな傍受方法の導入を認める。
    しかし、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律の制定の際、国民の通信の秘密やプライバシーが不当に侵害されるのではないかとの懸念が示され、違憲論が有力に主張されたことを忘れてはならない。
    答申案が通信傍受の拡大を認める要件として掲げる内容は極めて広範であり、これではおよそ共犯事件と疑われる限りすべて通信傍受の対象となりかねないものである。
    また、傍受手続の適正を担保するための措置である通信事業者の立会い等を不要とするならば、歯止めが利かなくなった捜査機関の暴走により国民の通信の秘密やプライバシーが侵害される新たな人権侵犯を生み出しかねない。
    そもそも、通信傍受の対象事件の拡大や傍受手続の効率化などは、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討し提言を行うという特別部会設置の趣旨との直接的な関係は認められず、むしろ、その趣旨に逆行する事態を招きかねないものであるから、このような違憲性の疑いが強い通信傍受制度の対象事件を大幅に拡大し、通信事業者の立合いなどを不要とすることは断固として認められない。
  6. 証拠開示制度の拡充について
    答申案は、公判前整理手続に付された事件について、検察官に対し証拠の一覧表を弁護人に交付することを義務付ける制度の導入を提案する。他方、検察官が「犯罪の証明又は犯罪の捜査に支障が生ずるおそれ」があると認めるときには当該事項を一覧表に記載しなくてもよいなどとし、検察官による恣意的な例外判断の余地を広範に認めている。
    本来、捜査機関が公費によって収集した証拠の開示を受けることは被告人の当然の権利であるにもかかわらず、答申案は、このような証拠の公共財としての性格を無視したうえ、有罪立証にとって都合が悪い証拠は一覧表に記載しなくてもよいという検察官による恣意的排除の余地を認める制度の導入を認めようとしている。
    しかし、多くの再審無罪事件において捜査機関による意図的な証拠隠しが明らかになったにもかかわらず、このような検察官による広範な裁量を認めることは、証拠隠しによる冤罪・誤判被害の発生を今後も容認することになりかねない。報道によれば、先般再審開始決定が出された袴田事件に関し、検察側がこれまで「ない」と主張してきた衣類5点の発見直後の写真のネガについて、存在することが明らかとなり、今後弁護側に開示されるという。袴田氏は、検察側の証拠隠しの結果、死刑判決を受け、長年にわたり生命の危険にさらされてきたものである。特別部会設置の趣旨はこのような悲劇を繰り返すことのないよう抜本的な改善策を検討することにあったはずであり、答申案の内容は甚だ不十分と言わざるを得ない。
    そもそも、開示の対象事件を公判前整理手続に付された事件に限定していることは、適正手続の保障・公平な裁判を受ける権利はすべての被告人に保障される権利であることを無視しており、到底、容認できない。
    当会は、対象事件を限定しない全面的な証拠開示制度の実現を強く求めるものである。
  7. その他
    なお、本答申案は、以上に述べたほかにも、今後の課題として、より違憲性の強い会話傍受の導入や黙秘権侵害の疑いがある被告人の証人適格容認に含みを持たせ、他方で、被疑者国選弁護制度の逮捕段階への拡充については今後の課題として触れてすらいないなど、全体として、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の根絶を図るために、取調べの全面可視化を中心に、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討して提言を行うという特別部会設置の趣旨とはかけ離れ、むしろ、捜査機関の権限の拡大・強化を志向するものであると言わざるを得ない。
    本年7月24日に発表された国際人権(自由権)規約委員会による市民的及び政治的権利に関する国際規約の実施状況に関する第6回日本政府報告書に対する総括所見の中でも、同委員会は日本政府に対して、①弁護側によるすべての検察側資料への全面的なアクセス権を保障すること、②すべての被疑者が逮捕時から弁護人の援助を受ける権利を保障され、弁護人が取調べに立ち会うこと、③取調べ時間の制限と取調べ全体にわたるビデオ録画の実施等を勧告したうえ、本答申案におけるビデオ録画の範囲が限定されていることに関し、遺憾の意を表明している。
     当会は、このように国際的見地からも問題の多い本答申案の基本的姿勢に強く危惧を抱くものである。
  8. 結語
    当会は、本年3月12日付にて「『新時代の刑事司法制度特別部会取りまとめに向けての意見』に関する会長声明」、同年4月15日付にて「袴田事件の再審開始決定を受け、改めて取調べの全面可視化実現を求める会長声明」をそれぞれ発表し、同年5月22日には、「あるべき『新時代の刑事司法制度』の確立を求める総会決議」を採択するなど、繰り返し、取調べの全面的可視化と全面的証拠開示制度を基軸とするあるべき「新時代の刑事司法制度」確立を訴えてきたが、本答申案は、当会の訴えに反する捜査機関の権限の拡大・強化を志向する制度の実現を図ろうとする内容であり、極めて遺憾と言わざるを得ない。
    法制審議会におかれては、今一度、特別部会設置の経緯に立ち戻り、憲法及び刑事訴訟法の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪を防止することを目的としたあるべき「新時代の刑事司法制度」の実現を図るべく、抜本的な審議の見直しを要求するものである。

以 上

2014年(平成26年)8月19日
埼玉弁護士会会長  大倉 浩

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