2014.11.13

生活保護の住宅扶助基準の引下げに反対する会長声明

  1. 厚生労働省の社会保障審議会生活保護基準部会(以下、「基準部会」という。)は、本年3月から生活保護の住宅扶助基準の見直しの議論を急ピッチで進めている。しかし、以下に述べるとおり、当会は、生活保護の住宅扶助基準の引下げに強く反対する。
  2. 生活保護法第14条は、困窮のため最低限度の生活を維持することができない者に対して、住宅扶助を支給することを定め、これを受けて、厚生労働大臣告示及び厚生労働省社会援護局長通知は、地域や世帯人数に応じて、具体的な住宅扶助費の額を定めているが、日本国憲法第25条1項がすべての国民に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障していることに照らすと、住宅扶助費の額は、健康で文化的な最低限度の住生活を営むために十分なものでなければならない。
  3. この点、政府は、2011(平成23)年3月15日、住生活基本計画(全国計画)を閣議決定し、その中で、「最低居住面積水準」を策定し、世帯人数に応じた住宅の最低面積に関する基準を設けた。
    ところが、厚生労働省は、基準部会において、住宅扶助基準額の妥当性を検証する際の基準として、「最低居住面積水準」の採用の必要性を否定する資料を積極的に提出している。
    しかし、「最低居住面積水準」は、日本国憲法第25条1項及び生活保護法第14条に基づき、健康で文化的な最低限度の住生活を営むための必要不可欠な住宅の面積に関する基準として政府が定めたものであり、厚生労働省が自らこの基準を否定する内容の議論を誘導していることは、日本国憲法及び生活保護法の趣旨を踏みにじるもので決して許されるべきではない。
  4. 次に、厚生労働省は、基準部会において、住宅扶助の基準額が月4.6万円・一般低所得者世帯の家賃支出の実態が月3.8万円であり、低所得者層の世帯における住宅水準との均衡という観点から、住宅扶助基準の引下げを誘導する資料を積極的に提出している。
     しかし、一般低所得世帯の家賃支出の実態が世帯ごとの支出額の平均値を基準にしているのに対し、住宅扶助の基準額が基準値(上限値)であることに照らすと、両者を比較の対象とすること自体が誤りである。加えて、厚生労働省作成の資料によると、住宅扶助を受給している単身世帯の61%が、同じく複数世帯の63%がそれぞれ基準値(上限値)未満の月額家賃で生活しているという実態があり、実証的見地からしても、上記の比較が著しく不適当であることは明らかである。
  5. また、厚生労働省は、基準部会において、「住宅扶助は、地域別、世帯人数別に定められた基準の範囲内で実費が支給される」、「このため、一般低所得世帯の家賃の動向と離れて上限にはりついている可能性」、「同一の住宅群で被保護者世帯が一般世帯よりも高額の家賃で契約している事態が散見」などと記載された資料を提出している。
    しかし、仮に上記のような事態が存在するとしても、生活保護利用者は一般に、建物賃貸借契約の際の人的保証が得られにくいとともに、家賃滞納リスク以外の様々な生活課題を抱えた人が多いと言われているため、貸主において、これらのリスクの負担を家賃という形で上乗せしている側面があることは否定できない。このような生活保護利用者の家賃滞納リスク以外のリスクは、本来、国が公的保障制度や生活支援の仕組みなどによって除去すべきものであり、厚生労働省において、それらの方策を十分に実施していないにもかかわらず、住宅扶助の基準額のみを引き下げることにより、生活保護利用者に負担を押し付けるのは、まさに本末転倒と言わざるを得ない。
    以上のとおり、厚生労働省が基準部会に提出した資料は、住宅扶助基準の引下げの主張を裏づける根拠には到底なり得ないものである。
  6. さらに、生活保護の生活扶助基準については、厚生労働大臣の告示により、2013(平成25)年8月から3年間にわたり1人当たり最大で10%(平均で6.5%)の引下げが決定されたが、かかる引下げによって、利用者の健康で文化的な最低限度の生活が侵害されたとして、全国各地でかかる減額処分の取消しを求める裁判が提起され、埼玉においても、県内の生活保護利用者25名が原告として、本年8月1日、さいたま地方裁判所に同様の裁判が提訴されている。このように、生活扶助基準の引下げにより、生活保護利用者の健康で文化的な最低限度の生活が脅かされている事態が現在も進行している中で、住宅扶助基準も引き下げることは、生活保護利用者に回復困難な不利益を及ぼす可能性が極めて高い。
  7. しかも、仮に住宅扶助基準の引下げが強行された場合、日本国憲法及び生活保護法で保障された、生活困窮者の健康で文化的な最低限度の生活が著しく脅かされるとともに、現在居住している住宅の家賃を支払えずに転居を余儀なくされる生活保護利用者が大量に発生する可能性があり、突然に転居を迫られる生活保護利用者の著しい不利益と、それに伴う生活保護行政の現場の多大な混乱が容易に予想される。
    したがって、当会としては、生活保護の住宅扶助基準の引下げに強く反対する次第である。

以 上

2014(平成26)年11月13日
埼玉弁護士会会長  大倉 浩

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