2015.02.12

ヘイトスピーチに関する対策を講じることを求める会長声明

  1. 近時,大阪市の鶴橋駅付近や東京都新宿区の新大久保駅付近等において,人種ないし民族的出身などに基づく社会的少数者に対する偏見・憎悪・嫌悪の感情等を主な内容とする街頭宣伝(いわゆるヘイトスピーチ)が行われてきている。同様の行為は,最近,県内の川口市や蕨市においてもなされている。
    特に,2009年12月から翌年3月ころまでにかけてなされた「在特会」を名乗る人々による京都朝鮮第一初級学校に対する同様の行為については,法廷闘争にまで至っている。この件は,2013年7月4日京都地裁判決で同会の行為が「人種差別撤廃条約」1条の「人種差別」とされ,高額な慰謝料が認定された。この京都地裁の判決は,2014年7月8日の大阪高裁判決や,続く同年12月9日の最高裁決定でも維持され,確定した。
    ヘイトスピーチは,マイノリティの尊厳を著しく損なう差別表現で,ヘイトスピーチが向けられた当事者や,ヘイトスピーチを目にした市民の心身に与える悪影響は甚大なものである。また,ヘイトスピーチがこれ以上蔓延することになれば,人種差別や民族的差別が今以上に社会を深く蝕み,様々な個性を有する諸個人により構成されるのが当然であるはずの社会から,徐々に多様性や活力が失われていくことが危惧される。
  2. そもそも日本国憲法は,人間社会における価値の根元が個人にあるとして,なににもまさって一人ひとりを「個人として尊重」することを核心的原理とし(「個人の尊厳」・13条前段),法の下の平等を定めている(14条)。
    そして,日本が締結している国際人権諸条約,その中でも「自由権規約」は,締約国に対し「いかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する」ことを課している(26条)。また,人種差別撤廃条約は,締約国に対し,人種「差別のあらゆる扇動」を「根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する」ことを課している(4条本文)。
    ここで,ヘイトスピーチは,人種ないし民族的出身などに基づく社会的少数者を差別し排除することを主な趣旨とするものであるから,これが人種差別の扇動に含まれることは明らかである。
    確かに日本は,人種差別撤廃条約に加入する際,人種差別の扇動等を犯罪とすることを規定する同条約4条(a)(b)に留保を付している。しかし,条約の規定に付される「留保」は,「条約の趣旨及び目的と両立しないもの」であってはならない(条約法に関するウィーン条約19条)。なにより人種差別撤廃条約は,「あらゆる形態及び表現による人種差別を速やかに撤廃するために必要なすべての措置をとること」をも重要な目的としている。
    したがって,ヘイトスピーチに関する対策を講じることは,日本国憲法及び国際人権諸条約に基づく日本国の義務というべきである。
  3. これに加えて,国連自由権規約委員会は,昨年7月24日,日本において朝鮮・韓国人,中国人またはBurakumin(原文ママ)などのマイノリティ集団の構成員に対する憎悪と差別を扇動している広範囲に及ぶ人種主義的言説と,これらの行為に対する刑法と民法上の保護の不十分さ,許可されて行われる過激論者による示威行動の多さに,懸念を表明した。そのうえで同委員会は,人種差別的な示威行動は禁止されなければならないとし,それに対する刑事規制の必要性まで説いた。
    また,国連人種差別撤廃委員会は,同年8月29日,「外国人及びマイノリティに対して人種差別的デモや集会を行う集団によるヘイトスピーチが広がりを見せていること」を懸念していると述べたうえ,日本政府に向け,こうした行為に対して毅然たる態度を示し,根絶に向けた調査を行い,集会の場における人種差別的暴力や憎悪の煽動,また憎悪や人種差別の表明について毅然とした対処を実施することを求めた。
  4. 以上から,政府及び国会は,日本国内におけるヘイトスピーチの実態を調査すべきであり,その調査結果を踏まえ,現に生じ,あるいは今後生じる人種ないし民族的差別への対処のために,あらゆる人種ないし民族的差別の撤廃のための立法その他の具体的な対策を速やかに検討し講じるべきである。
    もっとも,その対策にあたっては,国連人種差別撤廃委員会の勧告において「人種差別的スピーチを監視し対処する措置は,抗議の表現を奪う口実として使われるべきではない」と言及されていたことに深く留意することが肝要である。日本国憲法が他の基本的人権の保障にも増して表現の自由を厚く保障するのは,何より,戦前における言論大弾圧に対する痛切な反省による。万が一にも,ヘイトスピーチ対策を口実に国家(特に警察)が権力を濫用して表現の自由を侵害することがあってはならない。
    したがって,表現の自由とその優越的地位を最大限尊重することを前提として,ヘイトスピーチ対策を含めあらゆる人種ないし民族的差別を撤廃するための基本法が制定されるべきである。そこでは,「差別行為禁止命令制度」創設や立証責任転換による損害賠償請求の容易化などの民事的施策と,実態調査や是正勧告等を担う政府から独立した機関設置などの行政的施策を中心とした対策が規定されるべきである。
  5. よって,当会は,政府及び国会に対し,ヘイトスピーチに関する実態調査を実施するともに,民事的・行政的施策を中心とした人種ないし民族的差別撤廃のための基本法を制定することを求める。

以 上

2015(平成27)年2月12日
埼玉弁護士会会長  大倉 浩

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