2015.03.19

「今後の労働時間法制等の在り方について」(報告)に基づく 法制化に対して断固反対する意見書

第1 意見の趣旨

厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会が取りまとめた「今後の労働時間法制等の在り方について」(報告)における労働時間規制緩和の提言は,長時間労働が蔓延している現状を追認・助長し,過労死等防止対策推進法の理念にも反するものであって,「人間らしい働き方」を阻害するものであることから,当会は,上記本報告及びこれに基づく法制化の動きに対して断固反対する。

第2 はじめに~長時間労働の実態と雇用規制緩和の動き

厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会は,2015年2月13日,「今後の労働時間法制等の在り方について」(報告)と題する報告(以下「本報告」とする)を取りまとめた。
現状においては,若者を使い捨てにするいわゆる「ブラック企業」が横行しており,埼玉県内でも,労働基準監督署の調査により,約8割の企業において何らかの労働基準法違反の事実が認められ,その多くが違法な時間外労働の事案や割増賃金の不払い事案である。また,いわゆる過労死・過労自殺に関する労災申請件数・認定件数は,近年高止まりの状況が続いており,なお,長時間労働により労働者の命が失われているという実態がある。
このような中で政府は,雇用分野においても,雇用維持型から労働移動促進型へ転換し,成長産業への労働力の集中を実現する「成長戦略」として,当会が2013年8月20日付で発表した「雇用規制緩和政策に反対する意見書」で反対の意見表明をしたとおり,様々な角度から規制緩和を目論んでいる。
かかる経過の中で出されたのが上記本報告である。後述のとおり,本報告はその内容において,長時間労働の改善の必要性を謳いつつも,実態は,裁量労働制の拡大,フレックスタイム制度の緩和,そして「新しい労働時間制度」の創設と,いずれも長時間労働が蔓延している実態を改善するどころか,これを追認し,ますます助長するものとなっている。また,手続面においても,本報告自体,各提言に対して労働者代表委員からの反対意見があったことを指摘しており,労働法制の改正は,政府・労働者代表・使用者代表の協議に基づいて行われるべきであるとするILO144号条約の趣旨に反し,何ら労働者代表委員の合意を経ないままに本報告が纏められている。
当会においては,2014年1月22日,「過労死・過労自殺の防止に向けた法整備を求める会長声明」を発表し,過労死等防止対策基本法の早期制定を求め,それのみならず,長時間労働をなくすため,労働時間の量的上限規制やインターバル規制の導入を求めてきた。昨年11月,過労死等防止対策推進法が施行され,過労死等防止対策推進協議会が設置されるなど,過労死・過労自殺の防止に関する国・行政の取り組みの実施が法律上求められているにもかかわらず,本報告に基づいた労働時間規制の緩和をすることは,長時間労働の実態を追認・助長するものであって,同法の趣旨にも反するものである。
以下,本報告が掲げる労働時間法制について,①「高度プロフェッショナル制度」(いわゆる「エグゼンプション制度」)の問題点,②裁量労働制の拡大等の問題点,③長時間労働防止措置が不十分であることについて詳述する。

第3 「特定高度専門職・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)」の問題点

  1. 「成果型賃金制度」という建前の誤り
    本報告では,新しい労働時間制度として,「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え,その意欲や能力を十分に発揮できるようにするため」に,「特定高度専門職・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)」(以下「高度プロフェッショナル制度」とする)を創設するものとしている。
    しかし,本報告では,時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズが実際に存在するという根拠が何ら示されていない。それだけでなく,本報告が掲げる「高度プロフェッショナル制度」の具体的な内容は,労働基準法上の割増賃金規定の適用除外制度を新たに創設するというだけで,成果と賃金のリンクを使用者に義務づけるという制度は全く提言されておらず,何ら労働者の成果に基づいて適正な賃金が支払われることを担保するものになっていない。
    そもそも,現行法において,いわゆる成果型賃金制度を導入することは何ら規制されておらず,実際,多くの企業において既に導入されているところである。また,割増賃金を除いて,労働時間と賃金額は法律上リンクしておらず,逆に,内閣府調査でも,上司が残業している部下に対するイメージとして,1日12時間以上働いているグループでは,53%が「がんばっている」と好意的に捉えられており,労働時間が10時間未満のグループに比べて15ポイントも高く,長時間労働を行っている者が上司から評価されるという企業の実態がある。つまり,成果を出したと評価されている多くの労働者は,長時間労働をすることでその評価を得ているという実態があるのであり,「成果型賃金の導入は,長時間労働の削減に繋がるという」本制度の前提自体に重大な欠陥がある。
    以上のとおり,本報告で主張されている,成果型賃金制度を希望する労働者が存在し,そのニーズに応えるために「高度プロフェッショナル制度」が必要だという立法事実自体が存在しないばかりでなく,「成果型賃金制度」という建前と「高度プロフェッショナル制度」の内容が全くリンクしていないのである。
  2. 労働時間規制の趣旨は労働者の生命・生活の保護にある
    労働基準法は,原則1日8時間,週40時間を労働時間の上限と定め,その違反に対しては,刑事罰をもってこれを担保しており,法律上認められた場合を除き,労働基準法36条の労使協定の締結によって免責されているに過ぎない。例外として,使用者は業務の必要性等により,割増賃金を支払うことによって労働者に時間外労働を命ずることができるとしており,法は割増賃金の支払い義務を使用者に課すことによって間接的に長時間労働を抑制しているのである。
    かかる労働時間規制を定めた法の趣旨は,使用者に対して一定の規制を課すことにより,労働者の生命・健康を保護し,ワークライフバランスを実現させることにある。それは,割増賃金規定の一部適用が除外される管理監督者においても,深夜割増賃金の支払いを免れないことからも明らかである。
    上記「高度プロフェッショナル制度」は,かかる法の趣旨を顧みることなく,使用者に対して,深夜割増賃金の支払いを含めた全ての割増賃金の支払い義務を免れさせるものであって,長時間労働に歯止めがきかなくなるおそれがあり,極めて問題である。
  3. 要件緩和のおそれ
    (1)対象業務について
    本報告では,「高度プロフェッショナル制度」は,「高度の専門的知識,技術又は経験を要する」とともに「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」といった対象業務を規定するとしている。
    しかし,「高度」「専門的知識」などという文言は極めて曖昧かつ抽象的であり,拡大解釈が可能となっている。また,「時間と成果との関連性が強くない」とは,成果主義賃金制度を導入してさえすれば,要件を満たしてしまう可能性がある。そして,その具体的内容は法律ではなく「省令」で定めるものとしており,法律改正を経ないで対象業務を拡大することが可能となっている。そもそも,「高度の専門的知識等を要する」業務に関しては,現行法においても企画業務型裁量労働制が存在するのであるから,新たな制度を導入する必要はないというべきである。
    (2)対象労働者について
    本報告では,「使用者との間の書面による合意」に基づき,対象労働者の年収について,「1年間に支払われることが確実に見込まれる賃金の額が,平均給与額の3倍を相当程度上回る」として,具体的な年収額は「省令」で規定するものとしている。
    しかし,上記のとおり,割増賃金による労働時間規制は,労働者の生命・健康や生活を守るためのものであって,そもそも年収が高ければ割増賃金を支払う必要がないという性質のものでは全くない。
    また,当初厳格な例外として規制緩和を認められたに過ぎないものが,その後大幅に緩和されてしまう例があることは,労働者派遣法の対象業務が拡大・緩和されてきた経過からも明らかである。実際,日本経団連は,「ホワイトカラー・エグゼンプションに関する提言」(2005年6月21日)において,対象労働者の年収を400万円と想定しているし,本報告では「年収1075万円」とされていたものが,平成27年3月2日付「労働基準法等の一部を改正する法律要綱案」の答申では,「少なくとも年収1000万円以上」とされ,法律要綱案段階から既に対象者が拡大されている。国税庁平成25年民間給与実態統計調査結果に基づくと,日本における年収1000万円以上の労働者は,男性約6%,女性約1%,男女計約4%であるが,年収400万円以上の労働者では,男性約57%,女性約19%,男女計約41%となる。このとおり,仮に上記日本経団連の提言に従った場合,本報告における対象労働者の10倍以上,全体の4割を超える労働者にまで,その対象が拡大してしまうのである。
    また,年収額の基準となる「平均給与額」は,割増賃金を含めた総所得額が算定根拠となっており,その額自体も減少傾向に改善は見られないし,具体的金額は法律改正を経ない「省令」による緩和が可能となっていることから,歯止めとしては不十分である。
  4. 代替措置の不十分さ
    本報告では,「高度プロフェッショナル制度」の導入要件として使用者に「健康・福祉確保措置」を講ずることや医師による面接指導の実施などを義務付けている。
    しかし,健康・福祉確保措置は,①24時間について,継続した一定の時間以上の休憩時間の確保,かつ月当たり深夜業の回数制限,②1か月又は3か月単位の労働時間の上限規制,③4週間で4日以上,かつ年間104日以上の休日の確保について,「いずれか」を実施することで足り,具体的内容も「省令」で規定するとされ,罰則もなく実効性がない。
    また,使用者が実施しなければならない医師による面接指導についても,労災の過労死認定基準を超える月100時間を超える時間外労働を行った労働者に対してのみ罰則で義務付けられるにとどまり,それ以下の労働時間しかない労働者に対しては,努力義務を課すに過ぎず,何ら実効性がない。
    また,本報告で要件とされる対象労働者の同意や労使委員会における決議に関しても,使用者と労働者の力関係からすれば,十分な歯止めたり得ない。

第4 裁量労働制の拡大・フレックスタイム制の規制緩和の問題点

  1. 企画業務型裁量労働制における対象拡大の問題
    本報告では,企画業務型裁量労働制に関しても,要件緩和・対象の拡大を求めている。
    しかし,JILPT(労働政策研究・研修機構)の「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査」(2014年6月30日)では,企画業務型裁量労働制を導入している企業においては,同種業務を行う一般の労働者に比して,労働時間が長時間化していることが指摘されており,企画業務型裁量労働制度自体が長時間労働を助長しているという実態がある。
    また,法律上,裁量労働制が厳格な要件の下においてのみ認められている趣旨は,自ら労働時間を自律的に管理して,業務遂行方法を自らが決定することのできる企業の中枢業務に従事する労働者のみを対象とすることにある。
    この点,本報告では,①法人顧客の事業の運営に関する事項についての企画立案調査分析と一体的に行う商品やサービス内容に係る課題解決型提案営業の業務,②事業の運営に関する事項の実施の統括管理と,その実施状況の検証結果に基づく事業の運営に関する事業の運営に関する事項の企画立案分析を一体的に行う業務も対象として追加するものとしている。
    しかし,上記類型は定義があいまいで拡大解釈のおそれがあり,①では営業担当者の相当部分が,②では係長職以上のポストが含まれる可能性があると解されるなど,極めて広範な範囲が対象とされかねず,自ら労働時間を自律的に管理して,業務遂行方法を自らが決定することのできない業務にまで対象が拡大するおそれが極めて高いものといえる。
  2. フレックスタイム制における清算期間緩和の問題
    フレックスタイム制に関しても,本報告では,清算期間の上限を現行の1か月から3か月に延長するとしている。しかし,清算期間が長くなれば,1日や1月当たりの労働時間に偏りが生じ,長時間働く日が増加しやすく,長時間労働が助長される結果となりかねない。本報告のとおり,1週当たり平均50時間を超えた労働時間に対しては割増賃金支払い対象としたとしても,例えば,12月から2月までの労働時間を,繁忙期である12月と1月は,それぞれ200時間ずつにして,閑散期の2月は100時間にするなどと偏りのある設定にしても,使用者が割増賃金を支払わずに労働者を働かせることが可能となるのである(労基法上,通常の場合,閏年を除きおおむね月当たりの平均労働時間が174時間を超える場合,週当たり40時間の労働時間を超え,割増賃金支払い義務が発生する)。

第5 「働き過ぎ防止のための法制度の整備等」は極めて不十分である

本報告は,労働者代表委員からは,すべての労働者を対象に労働時間の量的上限規制及び休息時間(勤務間インターバル)規制を導入すべきであるとの意見があったとしながら,結論を得るに至らなかったとしている。
そして,「働き過ぎ防止のための法制度の整備等」の施策として,①中小企業における割増賃金率適用猶予の見直し,②時間外労働に対する監督強化,③年次有給休暇の使用者による時季指定義務,④労使の自主的取組の促進などを掲げている。
しかし,上記①の施策は,元々一定期間猶予されていたものの解除を検討するに過ぎない。上記②の施策は,法的義務を伴わない単なる行政指導の実施に過ぎず,その他の法令違反に関しても,法律上の規制を解除してしまえば,そもそも労基法違反となる余地はなく,労働基準監督署等による監督が不可能となってしまう。上記③の施策は,年5日の年次有給休暇の取得を促進するに過ぎない。また,上記④の施策も,あくまでも労使の「自主的」取り組みを促すにとどまり,何ら使用者に労働時間削減の義務を負わせるものではなく,いずれも長時間労働の防止のために実効性を有するものとはいえない。
長時間労働を防止するためには,上記「高度プロフェッショナル制度」の場合にのみ一部使用者に課せられるとされている労働時間の量的上限規制やインターバル規制を,全労働者に及ぶものとして規定すべきものであり,本報告の施策では,到底長時間労働を防止することができない。

第6 終わりに

現在政府が進めている労働時間法制の規制緩和の動きは,長時間労働が蔓延している現状を是正することなく,これを追認し,ますます助長するものであり,昨年成立した過労死等防止対策推進法の理念にも真っ向から反するものである。長時間労働が労働者の生命・健康や生活を破壊している現状に鑑みて,労働時間制度は規制を緩和するのではなく,労働時間の量的上限規制やインターバル規制の導入など,国民が真に「人間らしい働き方」をすることができるようにするために,逆にその規制を強化すべきものである。
以上の観点から,当会は,上記本報告及びこれに基づく法制化の動きに対して,ここに断固反対の意思を表明するものである。

以 上

2015(平成27)年3月19日
埼玉弁護士会会長  大倉 浩

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