2019.01.22

少年法適用年齢引下げに関する反対声明

  1. 再度の反対声明
    現在,法制審では,少年法の適用年齢を現行の20歳未満から18歳未満に引き下げることの是非が審議されています。
    当会は,少年法の適用年齢引下げには,反対です。
    反対の理由は,少年事件が増加・凶悪化している事実はなく,異なる目的をもった法律に合わせる必要もないから,現行少年法を改正する必要性がないこと,適用年齢引下げによって様々な弊害が生じる一方,こうした弊害を解決しうる代替案が提示されていないこと,です。
    法制審の審議は終盤に差し掛かっており,答申提出がなされた場合には,そのまま法案となって採決されるおそれが高く,予断を許さない状況です。現行少年法のもとで,多くの18,19歳の少年たちが更生を果たしてきた現状を知る弁護士会としては,少年法の適用年齢引下げは,看過できないと考えています。当会では,2015年6月16日付で少年法適用年齢引下げに反対する会長声明を出していますが,ここにあらためて反対の意思を表明するものです。
  2. 現行の少年法を改正する必要性はない
    1. 少年犯罪は増加も凶悪化もしていない
      適用年齢の引下げを求める立場の背景には,少年犯罪の増加と凶悪化という世論があります(2015年内閣府世論調査)。
      しかし,少年犯罪は,増加も凶悪化もしていません。
      すなわち,刑法上の罪を犯した少年の検挙人数は,平成20年(2008年)が90,966人だったのに対し,平成29年(2017年)は26,797人にまで減少しています。また,殺人,強盗,放火,強姦などの凶悪犯についても,平成20年(2008年)が956人だったのに対し,平成29年(2017年)には438人にまで減少しています(平成30年版警察白書)。各種統計からも,少年犯罪は増加していないのみならず,むしろ重大事件も含めて減少の一途を辿っていることが明らかです。適用年齢引下げの根拠は,その前提を間違っているのです。
      適用年齢引下げを検討している当の法制審議会でも,現行の少年法に問題がないことには,意見の一致があります(部会第4回会議議事録)。したがって,少年犯罪の増加と凶悪化を理由に少年法の適用年齢を引下げる積極的な必要性はないと言わざるを得ません。
    2. 民法の成年年齢引下げに合せる必然性はない
      適用年齢引下げのもう一つの根拠は,成年年齢を18歳に引下げることが決まった民法と平仄を併せる必要がある,というものです。
      しかし,そもそも法律には,それぞれ異なる立法目的・趣旨があり,適用対象はその立法目的・趣旨に沿って決められます。そのため,ある法律の適用対象を,他の法律に連動させる必然性は,当然には認められません。
      民法の成年年齢の引下げにおいても,18,19歳は成長の過程にある未熟な存在であることを前提にしています。その上で,主に経済取引を前提に行為能力を認め,ひいては,積極的な意欲を有する者の社会参加を促す目的があるとされています。
      一方で,少年法は,「少年の健全な育成を期し,非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに,少年の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的」(少年法1条)としており,目的が全く違います。法律の目的が違えば,適用年齢が違うのは当然のことで,飲酒,喫煙,ギャンブルなどは,適用年齢が引き続き20歳以上とされているのも,そのためです。
      以上のように,少年法の適用対象と,民法の適用対象を連動させる必然性は全くなく,民法の適用年齢引下げは,少年法の適用年齢引下げの合理的な根拠にはなりません。
  3. 年齢引下げによる弊害があり,代替案では,弊害をカバーすることはできない
    少年にふさわしい処遇は健全育成であるべきです。しかし,適用年齢を引下げると,以下のような弊害が生じることが想定され,代替案には問題点があるため,弊害をカバーすることができません。
    1. 家庭裁判所調査官の調査がなくなること
      • 弊害
        現行少年法では,全ての事件が家庭裁判所に送致されるため,必ず家庭裁判所調査官による調査や働きかけがされています(全件送致主義)。
        家庭裁判所調査官は少年の「健全育成」のために,専門的知見を基に調査や働きかけを行い,少年の抱える問題点とその解消のために今後の処遇の方針を示した「少年調査票」を作成します。そのため,家庭裁判所調査官が少年の更生のために果たす役割は極めて大きいといえます。
        しかし,引下げがされると,18,19歳の者は刑事手続の対象となり,家庭裁判所調査官が関与することができなくなってしまい,18,19歳の者の更生に寄与する重要な資源が失われます。
      • 代替案とその問題点
        この問題に対しては,少年鑑別所・保護観察所が,家庭裁判所調査官の役割を代替する案が検討されています。
        しかし,家庭裁判所調査官には,少年鑑別所や保護観察所の職員にはない専門的知見があります。そのため,少年鑑別所・保護観察所に,家庭裁判所調査官の役割を代替させることには無理があります。
    2. 比較的重い事件を起こした18,19歳が少年院で処遇されなくなること
      • 弊害
        現行の少年法では,比較的重い罪を犯した18,19歳の者は,矯正教育が必要である場合,少年院に送られることになります(保護処分相当性を欠く場合に検察官送致とすることができますが,これは例外的なものです。)。少年院では,少年法の「健全育成」の理念の下,個々の少年の抱える問題に合わせた,きめ細かい教育が受けられます。こうした教育は再犯防止にも非常に有効です。
        しかし,引下げがされると,比較的重い罪を犯した18,19歳の者は,少年院ではなく,刑務所によって処遇されることになり,少年院教育が受けられなくなってしまいます。
      • 代替案とその問題点
        この問題に対しては,刑務所内での処遇内容を充実させるとの代替案が検討されています。
        しかし,刑務所では,少年院と異なり,あらゆる生活場面が指導の対象になるわけではありません。また,個々人に合わせた細かな指導プログラムの実施も期待できません。さらに,少年院のように寮での集団生活を経験しないため,他の在院者の言動に接することで,自らの課題に気づいて内省を深め,さらには社会性を獲得する,というきっかけを得ることもできません。
        したがって,刑務所での処遇には限界があり,少年院での処遇の代替案にはなり得ません。
    3. 比較的軽い事件を起こした18,19歳が家庭裁判所の働きかけを受けられなくなること
      • 弊害
        現行少年法では,罰金刑となるような比較的軽微な罪を犯した18,19歳の者には,審判までは,家庭裁判所調査官による働きかけを行っています。処分としても試験観察処分という方法もあり,継続的に家庭裁判所調査官の働きかけを受けることができます。
        しかし,引下げがされると,罰金刑となるような比較的軽微な罪を犯した18,19歳の者には,罰金を科すだけで手続きが終了し,家庭裁判所の教育的な働きかけができなくなります。
      • 代替案とその問題点
        この点について,罰金の保護観察付執行猶予を活用することが検討されています。
        しかし,罰金刑の執行猶予自体,実例がほとんどありません。本当に活用されるかは極めて疑問です。また,罰金刑は略式手続という被告人が在廷しない状態で科されるのが一般です。裁判官が,被告人を罰金刑の執行猶予にすべきかどうかを判断することも困難です。さらに,猶予条件に違反したとしても,ペナルティは罰金刑の納付だけであるため,感銘力も認めがたく,更生に役立つとも言えません。
        したがって,罰金の保護観察付執行猶予を,保護観察の代替として活用することは難しいと言わざるを得ません。
        また,この問題については,検察官による「起訴猶予に伴う再犯防止措置」によって対応することが検討されています。
        しかし,この措置は,検察官が,必要があると認めるときには所定の期間,被疑者を保護観察官による指導・監督に付する措置を取ることができるとするものです。これは,検察官の考える被疑者の危険性のみを根拠に自由を制約するもので,実質的な保安処分であって人権侵害の危険性が極めて高いと言わざるを得ません。
        こうした批判を受けて,家庭裁判所の関与を認める代替策も検討されていますが,そうであれば,適用年齢を引下げる必要性が全くないことを認めていることになります。
  4. 結語
    以上のとおり,少年事件が増加・凶悪化している事実はなく,異なる目的をもった法律に合わせる必要もないから現行少年法を改正する必要性がなく,適用年齢引下げによって様々な弊害が生じるにもかかわらず,適切な代替案も提示されていません。少年法を改正することは百害あって一利なしというべきです。以上により,当会は,少年法適用年齢引下げにつき反対の意思を表明します。

以上

2019(平成31)年1月21日

埼玉弁護士会会長 島田 浩孝

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