2018.09.18

「会社法制(企業統治関係)の見直しに関する中間試案」のうち, 「株式会社の代表者の住所が記載された登記事項証明書」に対する意見書

「会社法制(企業統治関係)の見直しに関する中間試案」のうち,
「株式会社の代表者の住所が記載された登記事項証明書」に対する意見書

2018(平成30)年9月18日

埼玉弁護士会会長 島田 浩孝

第1 意見の趣旨

株式会社の代表者の住所が記載された登記事項証明書に関しては,従来の制度を見直す必要はない。すなわち,何ら制約を課さず,何人も株式会社の代表者の住所が記載された登記事項証明書を取得できる制度(商業登記法第10条第1項)を維持すべきである。

第2 意見の理由

  1.  昨今は,多種多様な特殊詐欺が蔓延しており,その手段は複雑巧妙化し ている。これらの加害者たる法人の多くは,消費者被害が明るみに出るや即座に法人を清算させ,被害者が弁護士にたどり着く頃には,跡形もなく消失してしまっていることが少なくない。このように,加害者たる法人の実態がもはや存在しない場合には,消費者の被害を回復するため唯一残された手段は,代表者の個人責任の追及しかない。そして,雲隠れする代表者の責任を追及するためには,法人の登記事項証明書に記載された同人の住所が重要な手がかりとなる。
    法務省における法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会による「会社法制(企業統治関係)の見直しに関する中間試案」(2018年2月14日)では,「利害関係を有する者」に限り,法人代表者の住所が取得できるものとしている。
    そして,同中間試案の補足説明において,かかる「利害関係」の範囲について,登記簿の附属書類の閲覧制度(商業登記法第11条の2)と同様に,事実上の利害関係では足りず,法律上の利害関係を有する必要があるとの指針を示しており,「利害関係」の範囲は狭い。この点,「具体的にいかなる範囲で『利害関係』が認められるかについては,代表者のプライバシーの保護の要請と代表者の住所が記載された登記事項証明書の交付を受ける必要性を考慮して総合的に検討すべき」との留保をつけているものの,かかる基準は不明確である。そればかりか,果断迅速な対応が求められる消費者事件においては,消費者の被害の回復が手遅れになるリスクを背負うことにつながる。
    したがって,従来のとおり,何ら制約を課すことなく,法人代表者の住所が記載された登記事項証明書を取得できる制度を維持する必要性は極めて高いといえる。
  2. 法人の代表者といえども,一個人である以上そのプライバシーは不当に 侵害されてはならないのは当然である。しかし,代表者の住所は,民事訴訟法上の裁判管轄の決定及び送達の場面において,法人に営業所がないときは重要な役割を果たす(民事訴訟法第4条第4項,第103条第1項)。本邦においては,私人の裁判を受ける権利(憲法第32条)の実現のため,代表者の住所を知る事が,当然の前提となっている。このことは,前記1の消費者被害に限らず,事業者間の裁判においても同様である。また,仮に後述のような職務上請求制度が創設されるとしても,いわゆる本人訴訟も想定されることからすれば,何人も代表者の住所を登記事項証明書で確認できる現行制度を維持する必要性は高い。
    加えて,不動産の登記事項証明書においても,所有権者等の住所が表示されている(不動産登記法第59条第4号)ことを考慮すれば,法人の代表者において殊更にプライバシーが侵害されているとはいえない。実際に,代表者の住所が公示されていることを原因とする社会問題は生じていない。
    したがって,法人の代表者の住所が登記事項証明書に記載されている現状においても,かかる代表者のプライバシーが不当に侵害されているとはいえない。
  3. よって,当会は,株式会社の代表者の住所が記載された登記事項証明書に関しては,従来の制度を見直す必要はなく,何ら制約を課さず,何人も株式会社の代表者の住所が記載された登記事項証明書を取得できる制度(商業登記法第10条第1項)を維持すべきであることを求める。
    なお,仮に現制度下において法人代表者の住所を保護する必要が認められるとしても,前述のように,消費者事件においては,迅速な対応が不可欠であることや,「利害関係」の判断基準が曖昧模糊であることから鑑みれば,日本弁護士連合会による平成30年3月15日付「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する中間試案に対する意見」のように,少なくとも弁護士による職務上請求制度の創設が必要不可欠であると考える。

以上

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