2016.02.09

共謀罪新設に改めて反対する会長声明

  1. 政府は、いわゆる共謀罪の新設を内容とする「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」改正案(以下「共謀罪法案」という)の国会への提出を準備していると報道されている。一部閣僚や与党幹部からもテロ対策を理由に共謀罪新設を求める動きがある。
    政府が過去に提出した共謀罪法案は、死刑もしくは長期4年以上の懲役または禁錮刑が定められている犯罪について、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者に対して、犯罪に応じて5年以下もしくは2年以下の懲役または禁錮刑を科す、という旨の1条文を新設するものである。該当する犯罪は600以上にも及ぶ。
    しかし、共謀罪法案については重大な問題があり、国会では過去3度の廃案となっている。当会においても、政府による共謀罪法案提出の都度、共謀罪新設に反対する声明を発してきた。
  2. 我が国の刑法は思想や人格等の内心を処罰しないようにするため、人の行為を処罰の対象とし、法益侵害の現実的危険性を有する行為(実行行為)があって初めて処罰することを原則としている。実行行為に至らない予備行為等については殺人のような重大な犯罪において例外的に処罰対象としている。
    この点、共謀罪は犯罪を行う合意をしただけで処罰するものであり、実行行為はおろか予備行為さえ必要としない。合意は具体的行為を必要としない内心の合致にすぎないため、「心の中で思っている」状態と紙一重であり、内心を取り締まることに繋がりかねない。
    しかし共謀罪法案では万引き(窃盗)やキセル乗車(詐欺)等の重大とはいえない犯罪が広く共謀罪の対象とされている。共謀罪の新設は、内心を処罰せず実行行為があって初めて処罰するという我が国の刑法体系の原則を根底から覆すことになる。
  3. また、共謀罪が具体的行為を必要とせず私人間の合意だけで処罰を行う点は、国民の健全な社会活動に重大な影響を与えかねない。
    政府が過去に提出した共謀罪法案では、合意に関して「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀」として犯罪組織の共謀に限定するかのような規定となっているが、その内容は不明確曖昧であり、捜査機関が恣意的濫用的に運用する危険がある。
    恣意的濫用的運用がなされれば、労働組合がリストラに対して抗議行動を計画したり、市民運動団体が首相官邸前での座り込みを計画したりしただけでも、組織的な威力業務妨害の共謀罪に該当するとして捜査機関が構成員を検挙しかねない。他人所有の建造物にビラ貼りすることを合意しただけでも建造物損壊の共謀罪に問われかねない。
    国民はいつどのような会話が捜査機関の摘発対象となるのか予測がつかず、萎縮して言論活動や団体活動をせざるを得なくなり、言論の自由・結社の自由等の憲法上保障された国民の基本的人権を侵害する危険性が含まれている。
    さらに、合意したことを処罰の対象とする共謀罪では、必然的に私人間の会話やメール、電話等が捜査・監視の対象とならざるを得ない。捜査権力が市民生活の隅々に入り込むような監視社会になり、国民のプライバシーへの侵害も招来する危険がある。
  4. 政府は共謀罪新設の理由を「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(以下「本条約」という)批准のためであると説明してきた。
    本条約は、組織犯罪に関する重大な犯罪について未遂以前の段階で可罰的になるよう求めているが、他方、本条約34条1項は締結国が国内法の基本原則に合致する方法で必要な立法等を行えばよいとしている。
    我が国の現行法では、内乱予備・陰謀罪、外患に関する予備・陰謀罪、私戦予備・陰謀罪、殺人予備罪を刑法で定めている。他にも航空機の乗っ取りやサリンによる人身被害に対しても予備行為を犯罪化する等、様々な特別法も存在している。これらの法律によって、組織犯罪が想定される重大な犯罪について未遂以前の段階で処罰が可能となっているため、共謀罪を新設することなく本条約への批准は可能である。
  5. 近時、一部の閣僚や与党幹部は、テロ対策として共謀罪の新設を求めている。
    しかし我が国は、上に挙げた内乱予備・陰謀罪等の刑法の規定やその他の特別法によって、テロ行為を陰謀や予備の段階で処罰可能にしている。したがってテロ対策の法整備は既になされているので、共謀罪を新設してテロ対策を行う必要性は無い。
  6. 以上の通り、共謀罪は我が国の刑法の基本原則に反し、国民の基本的人権を侵害する危険性が含まれている。条約批准やテロ対策との関係においても共謀罪を新設する理由はない。
    よって、当会は共謀罪の新設に対して改めて反対する。

以上

2016(平成28)年2月9日
埼玉弁護士会会長  石河 秀夫

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