2016.04.18

「埼玉県薬物の濫用の防止に関する条例」の改廃を求める意見書

埼玉県では、「埼玉県薬物の濫用の防止に関する条例」(以下、「本条例」という)が平成27年3月17日に成立し、同年4月1日より施行されている。
しかし同条例は、以下述べるとおり憲法に反する条項が複数存在しており、抜本的な改正または廃止が必要である。

第1 まず、本条例は、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下、「薬機法」という)が定める指定薬物以外にも、知事が指定する薬物(以下、「知事指定薬物」という)につき、譲受人の所持・使用行為を禁止している(本条例13条1項4号)。かかる規定は、地方自治体に「法律の範囲内」でのみ条例制定権を認めている憲法94条に反する。
 なぜなら、薬機法は、同法による指定薬物以外の物品については、当該物品につき製造・販売等を禁ずる命令を受けた業者が存在し、かつ、当該物品の生産及び流通を広域的に規制する必要があると認める場合に限り、その製造・販売、譲渡行為を制限している(同法76条の6の2第1項)にすぎない。同法が指定薬物以外の物品の譲渡側の行為を制限している根拠・目的が、その生産・流通の阻止にあることは文言上明らかである以上、これを超えて同物品の譲受人の所持・使用行為まで規制し、さらには刑罰まで科することは、同法の趣旨・目的を逸脱するからである。

第2 次に、本条例は、14条1項において、行政職員による無令状の立入調査権限を認めているところ、上記条項は、憲法35条(令状主義)、同38条1項(黙秘権保障)と適合しない。
なぜなら、行政職員による行為であっても、刑事責任追及のための資料の取得・収集に直接結びつく作用を有する場合、憲法35条(令状主義)、同38条1項(黙秘権保障)の適用がある(最大判昭和47年11月22日)ところ、本条例による立入調査によって危険薬物が発見されれば直接刑事訴追に繋がる作用を有する点、司法警察活動と実質的に変わりはないからである。
この点本条例は、立入調査権限が「犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない」としているが(本条例14条4項)、かかる条項を置くことのみで合憲性が担保されるわけでないことは自明である。

第3 更に、本条例は、14条2項において、公安委員会の指示により警察職員が令状なしに「知事指定薬物等を業務上取り扱う場所その他必要な場所に立ち入り、調査させ、又は関係者に質問させることができる」ことを定めた上で、上記立入調査を「拒み、妨げ、若しくは忌避し」、あるいは立入調査の際に質問をされて「陳述をせず、若しくは虚偽の陳述」をした者は、20万円以下の罰金に処すると定めている(同24条)。同条項には、以下述べるとおり、憲法及び刑事手続各法との関係で看過しがたい問題がある。

  1. まず第1に、同条項は、令状主義(憲法35条、刑訴法106条)に反する。
    すなわち、本条例による警察官の立入調査の目的は、危険薬物の製造・販売等の規制を行う(条例1条)ため危険薬物の有無を確認することにあるところ、かかる目的で行われる警察官の立入調査は、司法警察活動としての捜索と外形的に違いがない。また、立入調査の際に法や条例で製造・販売が禁止された薬物が発見されれば、薬物所持者の現行犯逮捕及び同逮捕の現場における無令状捜索差押(刑訴法220条1項)に直接繋がりうる以上、本条例による立入調査と司法警察活動としての捜索は、効果においても実質的な差がない。
    本条例による立入調査は、司法警察活動としての捜索と区別が困難であり、本条例は、警察職員による無令状捜索を容認しているに等しい。
  2. 第2に、同条項は、黙秘権を保障する憲法38条1項、刑訴法198条2項に反する。
    本条例によれば、立入調査の際の警察職員の質問に対して陳述せず、若しくは虚偽の陳述をした者は罰金刑に処せられる以上、被質問者は、危険薬物にかかる嫌疑事実につき、自己に不利益な供述を罰則によって事実上強制されるからである。
  3. 第3に、同条項は、地方自治体に「法律の範囲内」でのみ条例制定権を認めた憲法94条にも反する。
    そもそも、地方自治体の公安委員会は、警察の民主的運営と中立性の確保のために地方警察事務を管理・監督する、住民の代表で構成された公正・独立の機関である(地方自治法180条の9、警察法38~45条)。そのため上記各法は、地方自治体の公安委員会に対して、個別具体的な事件につき警察職員を指示する権限を付与しておらず、かかる権限を公安委員会が行使することを予定もしていない。
    また、法は令状主義(憲法35条)の観点から、警察官による無令状立入は「危険な事態が発生し、人の生命、身体又は財産に対し危害が切迫し・・その危害を予防し、損害の拡大を防ぎ、又は被害者を救助するため、已むを得ないと認めるとき、合理的に必要と判断される限度」に限り、これを容認しているにすぎず(警察官職務執行法第6条第1項)、この無令状立入を拒んだ市民に対する罰則も予定していない。
    しかるに本条例は、公安委員会の指示により、「条例の施行に必要な限度」という緩やかかつ不明確な要件で警察職員による無令状立入を認め、これを拒否した者への罰則を規定している。かかる規定は、市民による警察権力の監視・抑制という、地方自治体内に公安委員会を設置した地方自治法及び、司法審査を経ない警察官による立入を極限的にしか認めない警察官職務執行法の趣旨に反していることは明らかである。
  4. 警察職員の立入調査権の憲法・刑事手続各法との適合性については、本条例と同様の規定のある宮城県薬物濫用防止条例制定に当たり、仙台地方検察庁が法との整合性を疑問視する意見を出しているほか、全国的には、同旨の規定を置かない薬物濫用防止条例も多く存在する。
    薬物の濫用による県民の健康安全の確保という行政目的との関係においても、捜査比例原則との関係からも、憲法適合性に問題がある上記各条項を存続させなければならない合理的理由はない。

第4 したがって当会は、埼玉県に対して本条例の抜本的な改正または廃止を求める。とりわけ、本条例の中でも特に違憲性が高い本条例14条2項及び同24条は、ただちにこれを廃止すべきであり、関係機関に対しては、本条例改廃までの間、上記各条を適用しないことを求める。

以上

2016(平成28年)4月18日
埼玉弁護士会会長  福地 輝久

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