2016.05.17

「解雇の金銭解決制度」導入に反対する会長声明

  1. 政府は、使用者が労働者を解雇した事案につき、金銭の支払いにより復職を認めずに労働契約を終了させる制度(以下「解雇の金銭解決制度」という)を導入しようとしている。
    2015(平成27)年6月30日に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2015」においては、「雇用終了を巡る紛争処理の時間的・金銭的な予見可能性を高め、結果として、人材の有効活用や個人の能力発揮に資するとともに、中小企業労働者の保護を図り、対日直接投資の促進に資するよう、透明かつ公正・客観的でグローバルにも通用する紛争解決システム等の在り方について具体化に向けた検討を進め、制度構築を図る」ことが挙げられている。
    そして、政府は、2016(平成28)年2月5日に「産業競争力の強化に関する実行計画」(2016年版)を閣議決定し、具体的な施策実行計画を策定した。
    上記両閣議決定に従い、政府の諮問を受けた規制改革会議から提起されている解雇の金銭解決制度は、訴訟の長期化や有利な和解金の取得を目的とする紛争を回避し、当事者の予測可能性を高め、紛争の早期解決を図ることが必要であること(『「労使双方が納得する雇用終了の在り方」に関する意見』参照)、解雇無効の判決の実効性がないこと、選択肢の多様化を図ること(「規制改革に関する第3次答申」参照)などを理由として、解雇無効判決が確定した場合に、労働者側からのみ申立てを認める制度とするとしている。
  2. しかし、そもそも判決確定後であれば、政府が掲げる時間的・金銭的なコストの軽減、早期の紛争解決という目的に何ら資するものではない。また、規制改革会議の上記意見書によれば、解決金制度の設計・導入の仕方によっては、現状の訴訟を通じた和解と比べて解決に至るまでの期間がかえって長期化する懸念もあるとしており、弊害が生じる可能性があることを認めてさえいる。
    また、解雇無効の判決が出た場合であれば、労働者は原職復帰を望むことがほとんどであろうから、その時点であえて金銭解決を選択するケースはほとんど想定されない。また、解雇無効の判決の実効性がないという点については、労働者の就労請求権を法定化するなど、解雇無効の判決の内容を実現する方策を検討するべきであって、解雇の金銭解決制度を導入する理由にはならない。さらに、解雇紛争に際しての予測可能性は、長年にわたる裁判例の蓄積により十分担保されているといえるし、既に労働審判制度という合理的な紛争解決手段が存在し、機能しているところである。なお、使用者側弁護士の立場からも、労働審判制度における裁判官の裁量により実質的に解雇について解決金による解決が図られており、解雇の金銭解決制度は法制化する意義が乏しく、むしろ各紛争機関の現状の解決力向上に注力すべきであるなどという意見が出されている。
    このように、解雇の金銭解決制度を法制化すべきという立法事実は全く存在しない。
  3. 解雇の金銭解決制度は、その制度自体が、たとえ判決により解雇が無効とされても、一定額の金銭さえ払えば当該労働者を企業から放逐できる手段となり得るものであり、解雇規制そのものを根底から覆すことになる。仮に労働者からの申立に限定された制度であっても、使用者側が労働者に対して、「裁判してもこの程度の解決金しかもらえない」などと主張して退職強要のために利用され、労働者側の裁判闘争による復職の契機を失わせてしまうものとなることは十分想定されるからである。このように、使用者により、使用者にとって好ましくない労働者を恣意的に排除する手段として利用される危険性が高い。
     労働者は、単に金銭を得るためだけのみならず、自己実現のために働いているという面を忘れてはならない。一定額の金銭を支払うことによって一方的に労働関係を終了させることができるとすることは、労働者の全ての権利を支える雇用保障を奪うのみならず、労働者の自己決定権を侵害するおそれがあり、個人の尊厳にも反するものである。
  4. しかも、上記のとおり、当初は労働者側の申立に限定するとしても、一度制度が導入されてしまえば、実効性確保を理由として、使用者側にも申立を認める方向で拡大される懸念は強いところである。労働者派遣法は、当初臨時的一時的な業務や専門性の高い業務のみに限定して許容されていたにもかかわらず、経済界の要請などを受けて、対象業務の拡大等規制緩和の一途をたどった。このような労働法制に関する実例に照らせば、上記懸念は決して杞憂ではない。
    また、解雇に至るまでには、さまざまな理由や事情があるのであり、その解決の結果も個別の事情に基づくものであって、一般化、画一化することはできない。使用者側にとっても、事案に応じた柔軟な解決を阻害されることは、かえって予測可能性を減少させるものというべきである。
    上記両閣議決定に基づき、独立行政法人労働者政策研究・研修機構(以下「JILPT」という。)による労働局のあっせん、労働審判、訴訟における解決水準に関する事例研究が実施されてきたところであるが、同研究の考察においては、『ある一定の要件を満たす場合にはほぼこの水準で解決するような形にはなっていない』と結論づけられており、現状において、合理的かつ画一的な基準を設定すること自体が不可能であるといえる。この点について学者や使用者側推薦委員の弁護士からも、解雇の金銭解決制度の導入には否定的な意見が相次いでいるところである。
    そして、JILPT菅野和夫理事長が、「現状わが国の雇用終了に関する紛争解決制度は、十分に整備され良く機能しており、解雇の金銭解決の制度は実際的必要性に乏しく、制度化する場合の金銭解決の額の画一的基準は、当事者の納得を得難く、かつ紛争解決制度の良好な機能を阻害しかねない」と指摘しているとおり、解雇の金銭解決制度の法制化は、極めて弊害が大きいものである。
  5. 以上のとおり、解雇の金銭解決制度の法制化については、積極的に導入すべきという立法事実が全く存在せず、労働者の自己決定権を侵害するおそれがあり、労使双方にとっても弊害の大きいものである。
    よって、当会は、解雇に関する金銭解決制度の導入に対して反対する。

以上

2016(平成28)年5月17日
埼玉弁護士会会長  福地 輝久

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