2016.07.19

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」に関する会長声明

  1. 当会は,2016(平成28)年5月24日に成立した「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(以下,「本法律」という。)が,第2条において,「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」を「専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」に対する不当な差別的言動と定義していることに対して反対するとともに,「適法に居住するもの」との文言を削除する改正を求める。
    また,国及び地方公共団体に対して,本法律に基づく各種立法や施策にあたっては,後述の附帯決議の精神に従い,差別を助長することのないよう対応することを求める。
  2. 我が国において,近年,本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として,その出身者又はその子孫を,我が国の地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動が行われ,その出身者又はその子孫が多大な苦痛を強いられているとともに,当該地域社会に深刻な亀裂を生じさせていることから,「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消が喫緊の課題であることに鑑み,その解消に向けた取組について,基本理念を定め,及び国等の責務を明らかにするとともに,基本的施策を定め,これを推進することを目的」として,2016(平成28)年5月24日,本法律が成立した。
    ヘイトスピーチなどの日本国内における差別問題に対し,国際的に抜本的な解決を求められ,当会も2015(平成27)年2月25日付けで,政府及び国会に対し,ヘイトスピーチに対する対策を求める会長声明を出していた中で,その対策の第一歩としてこのような法律が成立したこと自体は評価したい。
  3. しかし,本法律は,第2条において,「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」を「専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」に対する不当な差別的言動と定義している点に問題がある。
    「適法に居住するもの」に対する不当な差別的言動に意図的に限定することにより,「在留資格を有していない外国籍の者は,本来,地域社会に存在してはいけないから,その者に対しては,地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動が許される」といった誤った解釈がなされるおそれがあるのである。
  4. 「在留資格を有していない外国籍の者」に対しても人種差別が許されないことは,日本が締約している国際人権規約の自由権規約第26条において,「いかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する」ことを課しているように,当然のことである。
    そして,我が国も加入している「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」の解釈基準である「市民でない者に対する差別に関する一般的勧告30」が,「人種差別に対する立法上の保障が,出入国管理法令上の地位にかかわりなく市民でない者に適用されること,及び立法の実施が市民でない者に対する差別的な効果を持つことがないよう確保すること。」と規定していることからすれば,保護対象者を「適法に居住するもの」に限定することは同条約に反することになる。
    また,保護対象者を「適法に居住するもの」に限定することにより,在留資格を有していない外国籍の者に対する不当な差別的言動が許されるとなれば,本法律を制定した,本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消という目的が達成できないことは言を俟たない。
    それゆえ,保護対象者を「適法に居住するもの」に限定することは決して許されない。
  5. 2016(平成28)年5月12日参議院法務委員会の附帯決議第1項において,「第2条が規定する『本邦外出身者に対する不当な差別的言動』以外のものであれば,いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであり,本法の趣旨,日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に鑑み,適切に対処すること」とされた。また衆議院においても同様の附帯決議がなされた。さらに,2016(平成28)年5月26日の参議院法務委員会では,ヘイトスピーチの解消に向けて努力をしていくことを宣言した決議がなされている。
    これらの決議は評価されるべきものであり,国及び地方公共団体には,その精神に留意することを求めるものである。
    そして,これら決議の精神を踏まえるのならば,本法律第2条の規定自体が,修正されなければならない。
  6. 以上の理由により,当会は,保護対象者を「適法に居住するもの」に限定することに反対するとともに,かかる文言を削除する改正を求め,国及び地方公共団体には,本法律に基づく各種立法や施策にあたって,附帯決議の精神に従い,差別を助長することのないよう対応することを求める。

以上

2016(平成28)年7月19日
埼玉弁護士会会長  福地 輝久

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