2016.10.20

国籍を問わず調停委員の任命及び司法委員となるべき者の選任を求める会長声明

  1. 日本国籍を有しない会員の調停委員の任命及び司法委員の選任に関し,最高裁判所事務総局人事局任用課(以下「最高裁事務総局」という。)は,法令等の明文上の根拠規定はないとしながら,「公権力の行使に当たる行為を行い,もしくは重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とする公務員には,日本国籍を有する者が就任することが想定されていると考えられるところ,調停委員・司法委員はこれらの公務員に該当するため,その就任のためには日本国籍が必要と考えている。」との認識を示している(日本弁護士連合会の照会に対する2008(平成20)年10月14日付回答)。
    全国の各家庭裁判所及び地方裁判所は,最高裁事務総局の上記認識に則り,これまで,仙台弁護士会,東京弁護士会,京都弁護士会,大阪弁護士会,兵庫県弁護士会等からの外国籍会員の調停委員及び司法委員となるべき者の候補者推薦に対し,日本国籍を有しないことのみを理由に,調停委員については最高裁判所への任命上申を行わない対応を,司法委員となるべき者については選任を行わない対応を取り続けている。このような対応は,遅くとも2003(平成15)年の兵庫県弁護士会による調停委員候補者推薦に対するものから始まり,現在まで延べ30人以上にのぼっている。近時においても,2015(平成27)年11月4日に大阪家庭裁判所が,同月26日に京都地方裁判所が,最高裁判所への任命上申を拒否しているところである。
  2. しかしながら,「民事調停委員規則及び家事調停委員規則」及び「司法委員規則」には,委員の資格に関して日本国籍を要するとの規定はない。同規則以外にも,国籍要件の根拠規定は存在しない。
    そもそも,調停委員は,調停に一般市民の良識を反映させるため,社会生活上の豊富な知識経験や専門的な知識を生かし,当事者間の合意をあっせんして紛争を解決する役割を担いその職務にあたる。
    また,司法委員は,豊富な経験や専門知識及び健全な良識を生かし,簡易裁判所の民事訴訟において裁判官が和解を試みる際にその補助をし,または審理に立ち会って参考となる意見を述べるなどの職務にあたる。
    すなわち,調停委員及び司法委員のいずれにおいても,当事者間の合意を基底とする手続に参画するに過ぎず,具体的職務内容に強制的作用はない。さらに言えば,合意が成立し調書を作成するにあたって最終的な調整を行うのは,調停の場面では調停委員たる裁判官であるし,司法委員が補助する事件においても裁判官である。このような職務内容からすれば,調停委員及び司法委員の職務は,「公権力の行使」もしくは「重要な施策に関する決定を行う」又は「これらに参画する」にあたるとして,日本国籍を有しない者の就任が直ちに排除されるようなものではない。
  3. 日本国籍を持たない者の就任を拒否する裁判所の対応は,法令に根拠のない基準を新たに創設し,調停委員及び司法委員の具体的職務内容を問うことなく,日本国籍の有無のみで一律に異なる取り扱いをするものであって,国籍を理由とする不合理な差別であり,憲法14条,自由権規約26条及び人種差別撤廃条約5条の平等原則に違反するものである。
    また,国連人種差別撤廃委員会は,2010(平成22)年3月9日最終見解及び2014(平成26)年8月28日総括所見において,日本国籍を有しない者が調停委員として活動できるように日本国の見解を見直すことを勧告している。この総括所見では,「委員会は,家事紛争を解決する裁判所において,締約国が,」能力を有する日本国籍でない者を「調停委員として活動することから除外する見解と実務的取扱いを継続していることに,特に懸念する。委員会は,(中略)締約国に対して,家事紛争を解決する裁判所において」能力を有する日本国籍でない者が「調停委員として活動できるよう,締約国の見解を見直すことを勧告する。」と指摘しているところである。
  4. 以上に加えて,調停委員や司法委員に,日本国籍を有しない者の就任を求める積極的意義もある。
    すなわち,家事調停や民事調停,あるいは,司法委員が参画する簡易裁判所の民事訴訟において,当事者が日本国籍を有しない者であることも少なくない。こうした事件の場合,むしろ異国において生活をする当事者の実情を肌で感じることが出来,また他国の文化と日本の文化の相違について身をもって感じている,日本国籍を有しない調停委員,司法委員の知見が,事件の解決に大きな意義を有しているのである。
    家事調停や民事調停,あるいは,司法委員が参画する簡易裁判所の民事訴訟においては,必ずしも日本法に基づく解決が図られる訳ではなく,法の適用に関する通則法により,他国の法律が適用される場面も少なくない。こうした事件においては,むしろ,日本国籍を有しない調停委員あるいは司法委員の方が知見を有しており,事件の実体的解決に資することも考えられる。
  5. したがって,当会は,最高裁判所に対しては,冒頭の認識を改めるとともに,「弁護士となる資格を有する者,民事若しくは家事の紛争の解決に有用な専門知識を有する者又は社会生活の上で豊富な知識経験を有する者で,人格識見の高い満40歳以上70歳未満の者」(民事調停委員及び家事調停委員規則1条)であり欠格事由(同規則2条)に該当しない者であれば,国籍を問わず調停委員に任命するよう求める。
    全国の各家庭裁判所及び地方裁判所に対しては,冒頭の最高裁事務総局の認識に依ることなく,民事調停委員及び家事調停委員規則1条に該当し同規則2条に該当しない者であれば国籍を問わず最高裁判所に対し調停委員の任命上申を行うよう求め,「良識のある者その他適当と認められる者」(司法委員規則1条)であり欠格事由(同規則2条)に該当しない者であれば国籍を問わず司法委員となるべき者に選任するよう求める。

以上

2016(平成28)年10月20日
埼玉弁護士会会長  福地 輝久

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