2015.12.28

死刑執行に対する会長声明

  1. 本年12月18日、死刑確定者2名に対する死刑が執行されたが、当会は、この度の死刑執行に対して強く抗議するものである。
  2. 執行された内の一人は、確定審において無罪を主張していた。
    2014年3月、いわゆる袴田事件の再審請求事件において、静岡地裁は重要な証拠が捜査機関によってねつ造された可能性があると指摘し、再審開始のみならず死刑と拘置の各執行を停止する決定を出した。また、無期懲役刑確定事件ではあるが、いわゆる東住吉事件の再審請求抗告審である大阪高裁は、本年10月、捜査段階の自白の信用性を否定して再審開始決定を出した大阪地裁の判断を支持し、刑の執行を停止した。このように、今日においてもなお、死刑求刑事件等の重大事件にも誤判・冤罪が少なくないことは最早議論の必要すらないであろう。
    死刑は死刑確定者の生命を失わせる究極の刑罰であり、執行後に冤罪が判明しても取り返しがつかない。そして、上記のとおり誤判・冤罪が今なお繰り返されている現実を見れば、無罪を主張していた人に対するこの度の死刑執行に対しては心底からの憤りを表明せざるを得ない。
  3. 他の一人は、裁判員裁判により死刑判決を宣告され控訴を自ら取下げた人であった。
    2009年の裁判員制度施行後、裁判員裁判により死刑確定者となった人に対して死刑が執行されるのは初めてのことである。
    裁判員裁判と死刑制度に関しては、死刑求刑事件を裁判員が審理することは、裁判員の精神的負担が過酷に過ぎるとの批判がある。報道によれば、この度執行された死刑判決に関与した元裁判員は、判決言渡後に「一市民の自分が人の命を奪っていいのだろうか」と心境が変化し、一般市民に人の生死を判断させるべきではないと考えるようになった、とのことである。この度の死刑執行の報道に接したとき、死刑判決に関与した元裁判員の方々の心中は察するに余り有る。
    2014年2月には、裁判員経験者20名が谷垣禎一法務大臣(当時)に対して死刑の執行停止と死刑制度に関する情報公開を求める要請書を提出した。同要請書では、死刑判決に関与した裁判員には「想像も及ばないほど壮絶な葛藤と今なお抱える重圧」があると指摘し、死刑制度に関する情報公開や国民的議論がないまま死刑が執行されると「関わった裁判員経験者の煩悶は極限に達することになる」としている。今回の執行は、こうした裁判員経験者の痛切な訴えに応えることなくなされたもので、その点からしても強い非難が妥当する。
    当会は、2012年12月の臨時総会で採択した裁判員制度の見直しに関する意見書において、量刑判断における裁判員の心理的負担等を考慮し、事実認定審理と量刑審理を二分し、裁判員は事実認定審理にのみ関与し、量刑審理には関与しないこととすべきとの意見を既に述べているところであり、少なくとも、裁判員裁判の対象事件を死刑が法定刑に含まれないものに改正することは正に喫緊の課題といわねばならない。
    そして、死刑という究極の判断につき上級審における精査を受けていないという意味からも、上記確定者に対するこの度の執行には重ねて強く抗議しなければならない。
  4. 1989年に死刑廃止を目的とする「市民的及び政治的権利に関する国際規約第2選択議定書」が国際連合総会で採択されて以降、死刑廃止は国際的潮流である。日本政府は、多数の国際機関から再三に渡って死刑廃止を検討する旨の勧告等を受けている。2014年7月に採択された自由権規約委員会の見解においても、現行の死刑制度の問題点を指摘した上で、上記第二選択議定書への加入を検討すべきとしている。ところが、同総括所見発表後も死刑廃止に向けた議論がなされるどころか、現行の死刑制度の問題点を改善しようとする動きすらなく、この度の死刑執行に至っている。
  5. 日本弁護士連合会は、2011年10月7日の人権擁護大会において「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め、死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」を採択した。同宣言を踏まえ日弁連は、本年12月9日、岩城法務大臣に対し「死刑制度の廃止について全社会的議論を開始し、死刑の執行を停止するとともに、死刑えん罪事件を未然に防ぐ措置を緊急に講じることを求める要請書」を提出したばかりである。同要請書においては、全社会的議論を行うための有識者会議を設置し、死刑制度とその運用に関する情報を広く公開し、死刑制度に関する世界の情勢について調査し、調査結果と議論に基づいて今後の死刑制度の在り方について結論を出すことや上記議論が尽くされるまでの間、全ての死刑の執行を停止すること等を求めている。しかるに岩城法務大臣はこのような真摯な要請を顧みることなく、同要請書提出からわずか9日後に死刑を執行しており、この点でも今回の執行には強い非難が妥当する。
  6. 以上のような死刑制度に関する状況を踏まえた上で、当会は、この度の死刑執行に対して強く抗議し、政府及び国会に対して、死刑廃止に向けた全社会的な議論を行うこと、及び上記議論が尽くされるまでの間、全ての死刑の執行を停止することを強く求める。

以上

2015(平成27)年12月28日
埼玉弁護士会会長  石河 秀夫

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