2015.06.16

「旅行産業の今後旅行業制度の見直しに係る方向性について」に関する意見書

観光庁長官         御中
消費者庁長官        御中
内閣府 消費者委員会    御中
一般社団法人日本旅行業協会 御中
一般社団法人全国旅行業協会 御中

2015年(平成27年)6月16日
埼玉弁護士会会長  石河 秀夫

第1 はじめに

平成26年5月、旅行産業研究会より、「旅行産業の今後と旅行業法制度の見直しに係る方向性について」と題するとりまとめ(以下、「本とりまとめ」という。)が発表された。本とりまとめでは、旅行産業を取り巻く変化を踏まえ、新たな旅行業制度のあり方をまとめている。
本意見書では、本とりまとめに対し、消費者と関係するものにつき、主要な点について意見を述べる。

第2 意見の趣旨

  1. 素材単品手配行為について新しい旅行区分を創設する案及びこれを旅行業法の対象から除外する案(本とりまとめ1.1)には、反対である。
  2. インターネット取引の増加を踏まえたガイドラインを作成し、海外OTAや場貸しサイトに対して、これを適用させていくことや消費者に対し、海外OTAと国内旅行業者を利用した場合の差異の情報提供を行っていくという案(本とりまとめ1.2)には、賛成である。
  3. 旅行業法のうち、一部の取引規定をインターネット取引に対応した規定に見直す必要があるとの案(本とりまとめ1.3)には、賛成である。ただし、かかる見直しに際しては、消費者保護を後退させるようなことがないよう、慎重に見直しを図べきである。
  4. 旅行業界に安全マネジメントを導入し、その取組みを消費者へ示していくことや消費者に対し、旅行商品のリスクや過去の事故履歴等を示していくという案(本とりまとめ2.1、2.2)には、賛成である。ただし、旅行業者が安全な旅行商品を提供することは当然のことであるから、消費者への情報提供をしたからといって、その責任を回避しうるものでないことを忘れてはならない。
  5. 着地型旅行の普及に向けた商品造成の促進等のために、第三種旅行業者が取り扱う国内募集型企画旅行の対象範囲を拡大することや、安易に旅行業者代理業者の要件を緩和する案(本とりまとめ3.1、3.2)には、反対である。
  6. 標準旅行業約款において規定されている取消料や旅程保証にかかる規定について、商品内容、契約相手等に応じて、約款制度を見直すとの案(本とりまとめ4.1)には、反対である。
  7. 法人間の旅行契約について、約款制度の対象外とするか、消費者に適用される標準旅行業約款とは異なる約款を設けるとの案について、情報力・交渉力等に格差のある小規模法人や権利能力なき社団をその対象とすることには反対である。

第3 意見の理由

  1. 意見の趣旨1について
      • 本とりまとめは、素材単品を手配する行為の問題点について、次のように指摘している。
        つまり、旅行業者が、旅行者のために、運送・宿泊といった素材単品を手配する行為は、現行の旅行業法上、「手配旅行」(注1)に位置づけられ、旅行業者が弾力的な価格設定を行うことができない。そのため、旅行業者の中には、自由な価格設定を行うため、募集型企画旅行(注2)として商品を造成しているが、この場合、旅行業者は旅程保証等の責務を負うこととなるうえに、同じ旅行業者で同じ宿を手配する場合でも、保証の有無やキャンセル料の取り扱いが異なることもあり得、消費者にとってもわかりにくい事態を招いている。また、海外OTAは、旅行業法の適用を受けないため、自由な値付けを行うことができ、国内旅行業者との間で競争条件に不公平が生じている、という問題点を指摘している。
      • これをふまえ、本とりまとめは、素材単品手配行為について自由な値付けを可能とするため、航空券やホテルの部屋を手配する行為を現行の企画旅行の範疇に位置づけたうえ、現行の企画旅行に係る旅程保証、特別補償及びキャンセル規程の適用を一部除外する等の特例を設ける新しい旅行区分を創設するという案を提示している。
        また、素材単品手配行為について自由な値付けを可能とするため、現行の手配旅行に位置づけられている行為について、旅行業法の対象から除外するという案も提示している。
        しかしながら、これらの案には反対である。
      • そもそも、旅行業法は、旅行業者の業務の適正、旅行業務に関する取引の公正、ひいては、旅行の安全や旅行者の利便の増進を図ることを目的としている(法1条)。
        そして、企画旅行は、旅行業者が、旅行者を募集するため、あるいは旅行者からの依頼により、旅行計画を作成し、運送又は宿泊のサービス(以下「運送等サービス」という。)を旅行者に確実に提供するために、自己の計算において、運送事業者、宿泊事業者等のサービス提供機関との間で、運送等サービスの提供にかかる契約を締結するものである(法第2条1項1号、2号)。
        そのため、企画旅行は、手配旅行と区別され、消費者たる旅行者の安全確保や利便の増進がより求められるため、旅行業者は、消費者に対し、旅程管理義務、旅程保証、特別補償の責務を負うこととされ、消費者保護が図られている。
      • そうすると、素材単品を手配する行為を現行の企画旅行の範疇に位置づけ、旅行業者が自己の計算において、自由な価格設定を行えるとする以上、旅程管理義務、旅程保証、特別補償の責務を排除することは、旅行業法の目的及び消費者保護を無視することに他ならない。
        また、自由な値付けを目的に、旅程保証や特別補償といった消費者保護制度の適用を除外することは本末転倒である。よって、素材単品販売について、新しい旅行区分を創設する案に合理性はない。
      • また、旅行業法は、旅行業者の業務の適正、旅行業務の取引の公正の維持を図るとともに、消費者を保護するため、第一種旅行業、第二種旅行業、第三種旅行業の区分を設け、各区分ごとに、旅行業者となるための厳格な登録制度、財産的基礎要件、営業保証金制度を設けている。
      • それにもかかわらず、素材単品手配行為を旅行業法の対象から除外すれば、登録拒否事由に該当する事業者や財産的基盤が脆弱な事業者までもが素材単品手配行為を行えることとなるうえ、これらの者に対する法規制や行政庁の監督が及ばなくなる。
        その結果、旅行業者の業務の適正、取引の公正が害され、消費者保護に欠ける結果を招くことになる。
        したがって、素材単品手配行為を旅行業法の対象から除外する案にも反対である。
  2. 意見の趣旨2ないし4について
    1. 近年インターネット取引が定着し、消費者がインターネットを通じて容易に旅行契約を締結できるようになっていることからすれば、インターネット取引を踏まえたガイドラインを作成し、また、旅行業法の一部の取引規定をインターネット取引に対応した規定に見直すことは、現代社会の取引実態に沿うものであり、賛成である。
      ただし、取引規定の見直しに際しては、消費者保護を後退させるようなことがないよう、慎重に見直しを図るべきである。
    2. また、消費者の安全を確保するためには、安全マネジメントを導入することが必要不可欠であり、海外OTAに対する優位性の観点からも、かかる取組みを消費者へ示していくことは重要であり、賛成である。
      ただし、旅行業者が安全な旅行商品を提供することは当然のことであるから、消費者への情報提供をしたからといって、その責任を回避しうるものでないことを忘れてはならない。
  3. 意見の趣旨5について
      • 本とりまとめでは、着地型旅行(注3)の普及を進めるため、第三種旅行業務の範囲の拡大等の措置を講じる案を提示している。具体的には、第三種旅行業者が取り扱う国内の募集型企画旅行の対象範囲の拡大が念頭にあるものと思われる。
      • また、本とりまとめは、着地型旅行の普及を進めていくためには、販売経路の拡大、例えば、宿泊施設等が一定の条件を満たす着地型旅行商品を販売できるようにする等について検討を行っていく必要がある、との案を提示している。旅行業法との関係で、具体的な内容は明らかではないが、旅行業者代理業者の要件緩和等が念頭にあるものと考えられる。
        しかしながら、次に述べるように、これらの案には反対である。
      • 前記1(2)ウでも述べたように、旅行業法は、消費者を保護するため、旅行業者が取り扱う業務の内容によって、第一種旅行業、第二種旅行業、第三種旅行業の区分を設けている。
        中でも、第三種旅行業は、基準資産300万円以上、営業保証金300万円以上で営むことができ、第一種及び第二種旅行業と比較して、その財産的基礎要件が緩い。
        ところで、募集型企画旅行は、幅広く旅行客を募集して、消費者との間で契約を締結するものであるから、万が一旅行業者に債務不履行が生じた際、多数の消費者に損害を与えることとなる。募集型企画旅行の規模が大きくなればなるほど、かかる損害は大きくなる。
        そのため、募集型企画旅行に関して、現行法上、第二種旅行業者は、国内募集型企画旅行しか取り扱えず、さらに、第三種旅行業者は、ごく一部の国内募集型企画旅行しか取り扱うことができないとすることで、消費者の保護を図っている。
        このように、旅行業法は、第一種ないし第三種旅行業の各区分に応じて、財産的基礎要件の厳しさを求める反面、その取扱業務範囲の範囲を拡大するという体系をとっている。
      • それにもかかわらず、第三種旅行業の財産的基礎要件について何らの検討もせずに、国内募集型企画旅行の範囲を拡大すれば、万が一、拡大された国内募集型企画旅行において、旅行業者に債務不履行等が生じた際、旅行者の損害を回復することが困難となるおそれが拡大し、旅行業法が、第一種ないし第三種旅行業の区分を設け、各区分に応じて厳格な要件を定め、募集型企画旅行について消費者保護を図った趣旨を没却する。
        よって、財産的基礎要件について何らの検討もせずに、第三種旅行業者が取り扱う募集型企画旅行の範囲を拡大することには反対である。
      • また、旅行業法上、旅行業代理業を営むためには、行政庁の登録を受けなければならず、旅行業務取扱管理者が必要とされている。旅行業法は、旅行業務に関する適正や取引の公正を確保し、消費者保護を図るため、このような規制を設けている。
        そして、平成20年7月23日に、観光圏整備法が施行され、国土交通大臣の認定を受けた滞在促進地区内の宿泊業者が、観光圏内における宿泊者の旅行について、旅行業者代理業を営むことが可能となっている。
      • そうすると、旅行業法が旅行業者代理業について規制を設けている趣旨や現行法においても旅行業者代理業の要件が緩和されていることからすれば、これ以上に緩和を進めるのではなく、現行制度の下で、着地型旅行の促進を図るべきである。
        よって、本とりまとめの案には反対である。
  4. 意見の趣旨6について
    1. 本とりまとめは、PEX運賃の出現や旅行商品の予約の早期化・キャンセルの増加、海外ホテルが定める取消料の多様化といった状況の変化に対して、標準旅行業約款で一律に規定されている取消料では対応できていないことや旅程の変更が生じた場合に発生する変更補償金を日本の旅行業者が海外事業者に求償する事例が散見されることなどによって、日本の旅行業者が海外事業者から敬遠されている実態があることから、標準旅行業約款において規定されている取消料や旅程保証にかかる規定について、商品内容、契約相手等に応じて、弾力的に対応できる約款制度を構築する必要があるとの案を提示している。
      しかし、少なくとも、消費者との関係において、この案には反対である。
    2. 旅行業者と消費者との間で締結される旅行契約には、消費者契約法が適用されるところ、取消料や旅程保証にかかる規定について、商品内容、契約相手等に応じて、弾力的に対応できる約款制度を構築できるとすると、消費者契約法第8条、第9条1号、第10条に違反する内容の契約が締結される危険性がある。
      また、事業者たる旅行業者と消費者たる旅行者との間には、それぞれの有する情報の質、量に格差がある。そのため、消費者たる旅行者は、取消料や旅程保証について、これが商品内容に応じた適正な取消料、旅程保証なのかどうかを適切に判断できない。
      さらに、旅行業者と消費者たる旅行者との間には交渉力の格差もあることから、消費者は、旅行業者が定めた取消料、旅程保証の内容に事実上従わざるをえない状況に置かれるうえ、約款すべてをきちんと確認した上で契約を締結する消費者は少なく、約款に関する被害トラブルに巻き込まれる消費者が多いのも事実である。
      それにもかかわらず、本とりまとめは、このような消費者との関係に触れず、取消料や旅程保証にかかる規定について、この内容を変更する約款制度を構築する案を提示しており、強い懸念がある。
    3. よって、取消料、旅程保証について、商品内容、契約相手等に応じて、弾力的に対応できる約款制度を構築する必要があるとの案には反対である。
  5. 意見の趣旨7について
    1. 本とりまとめは、法人間の契約については、法人と個人との契約に比べて契約者を保護する必要性が薄いことなどから、約款制度の対象外とするか、消費者に適用される標準旅行業約款とは異なる約款を設けることを今後検討していく必要があるとの案を提示している。
      しかしながら、情報力・交渉力等に格差のある小規模法人や権利能力なき社団ついてまで、かかる案の対象とすることには、反対である。
    2. 法人においても、実質一人で経営を行っているような小規模法人においては、消費者同様に、情報力、交渉力における格差が生じるものであり、保護の必要性が薄いとまで言えるものではない。また、本とりまとめで指摘されるような契約の規模が大きくなる傾向も認めがたいものである
      さらに、同窓会、老人会、クラブチームなどの権利能力なき社団の中は、親睦旅行や研修旅行等で、旅行業者との間で旅行契約を締結することがある。
      しかし、権利能力なき社団は、一定の構成員によって構成されるものの、一般消費者で構成されていることが多く、日常的に対外的な取引活動を行うことはない。
      このような権利能力なき社団の性質に鑑みれば、一般消費者と同様に保護の必要性が高いことは明らかといえる。
      本とりまとめでは、なお書きとして、「法人」が示す対象は幅広いことから、その範囲について慎重に検討を行うべきであるとしているが、小規模法人や権利能力なき社団についてまで、約款制度の対象外としたり、標準旅行業約款と異なる約款を設けるとすることには、反対である。

以上

注1 手配旅行とは
旅行業者が、旅行者のため、運送等サービス提供機関との間で、代理、媒介、取次を行い、旅行者の計算で、運送等サービス提供機関との間の契約を手配するものをいう(旅行業法第2条1項3号)。
旅行業者が収受できる対価(販売価格)は、各運送等サービスの費用に手配取扱手数料を加えた額であるが、旅行業者は、旅程管理義務や旅程保証、特別補償の責務を負わない。
注2 企画旅行とは
旅行業者が、旅行者を募集するため、あるいは旅行者からの依頼により、旅行計画を作成し、運送又は宿泊のサービス(以下「運送等サービス」という。)を旅行者に確実に提供するために、自己の計算において、運送事業者、宿泊事業者等のサービス提供機関との間で、運送等サービスの提供にかかる契約を締結するものをいう(旅行業法第2条1項1号、2号)。
旅行会社が訪問地やルート、期間、旅行代金などの旅行計画を決めて販売し、パンフレットや広告などで参加者を募集して実施する「募集型企画旅行」と旅行会社が旅行者の依頼により旅行計画を作成し、手配費・旅行企画費等を包括料金で契約する「受注型企画旅行(一般に修学旅行などがこれにあたる)」とに大別される。
企画旅行では、旅行業者は、消費者に対し、販売代金について各運送等サービスを包括した自由な値付けを行って商品を販売できる反面、旅程管理義務を負い、旅程保証、特別補償の責務を負う。
注3 着地型旅行とは
これまでの旅行商品が都市部の旅行会社で企画・造成される「発地型」であったのに対し、旅行目的地側主導で行うことを指す。

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