2021.03.10

感染症法・特措法の改正等に関する会長声明

  1. 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」という)及び「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下「特措法」という)の各改正法が2月3日に成立・公布され、同月13日に施行された。
    しかし、上記各改正は、本来保護対象となるべき感染症罹患者や飲食店等の事業者に対し罰則の威嚇をもってその権利を制約し、義務を課すもので問題が多い。
  2. まず、今回の感染症法の改正では、入院措置に応じない患者や積極的疫学調査に係る命令に従わない患者に対し、過料に処することになっている。この改正法提出段階で企図されていた1年以下の懲役等の刑事罰は回避されたが、罰則が設けられたことに変わりなく問題である。
    この点、新型コロナウイルス感染症は、その実態が十分解明されているとは言い難く、医学的知見・流行状況の変化によって入院措置や調査の範囲・内容は変化し、また、各保健所や医療提供の体制には地域差も存在する。このため、罰則の対象者の範囲自体が不明確かつ流動的となり、不公正・不公平な罰則適用という事態の招来が危惧される。
    そもそも、入院は患者の行動の自由を大幅に制限することとなり、本来は諸個人の自己決定に従うのが大原則のはずである。また、積極的疫学調査の対象となる感染直前の行動等に関する情報には、個人的ないし主観的にも秘匿性の高いものが当然あり得る。
    しかるに、本改正では、抽象的且つ曖昧な「正当理由」が免責事由とされているだけであり、入院措置・疫学調査及び罰則適用の全般にわたって行政権限の恣意的ないし濫用的な行使が強く懸念される。
    他方で、現在、社会全体にこの感染症に対する不安が醸成され、感染したこと自体を非難するかのような不当な差別や偏見が既に生じている。かように深刻な現状を解消しないままでの今回の入院措置等や罰則の制定は、患者やその家族等に対する差別・偏見を一層助長することに繋がるおそれも高い。
    もともと感染症法は、その前文で、過去にハンセン病等の患者・家族等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要であると宣言し、感染症の患者等の人権を尊重する旨謳っている。それ故、同法の改正に当たっても、これらの宣言や人権尊重の理念・趣旨が徹底されねばならないはずであるが、上述のとおり、本改正には、上記理念・趣旨が反映されているとは到底いえない。
    したがって、本改正は、感染症法の理念・趣旨に反するばかりか、患者等の個人の行動の自由・自己決定権やプライバシー権等の重大な基本的人権を侵害するおそれあるもので受け入れ難い。
  3. 次に、特措法の改正は、「まん延防止等重点措置」という新たな類型を設け、都道府県知事が事業者に対して必要な措置を要請し、要請に応じない場合は命令ができ、要請・命令をした旨は公表することができることとなっている。そればかりか、命令に応じない場合や報告徴収・立入検査の拒否等の場合は過料に処するとなっており、問題である。
    しかも、この「まん延防止等重点措置」の発動要件や要請内容の殆どが政令に委任され、改正法上には具体的規定がほぼない。これでは、行政による恣意的運用や権限濫用を招来し、行政罰等の適用に際しても事業者の具体的事情が適切に考慮されるという保証もなく危険である。
    もともと、特措法が国会に上程された当時、病院等の強制使用や多数の人が利用する施設の使用制限指示等が可能となる「緊急事態宣言」の具体的発令要件等が政令に委任され法文上は抽象的な定めにとどまっていたこともあって日弁連は同法の制定自体に反対してきた(日弁連2012(平成24)年3月22日「新型インフルエンザ等対策特別措置法案に反対する会長声明」)。このような問題点が何ら改善されないまま、緊急事態宣言下に準じて人権制約の強いまん延防止等重点措置が導入されたものである。緊急事態宣言関係諸規定のみならず、まん延防止等重点措置に関する関係諸規定についても、憲法31条の適正手続保障の趣旨に反する疑いが強いといわねばならない。
    また、このような手続保障の観点から問題のあるまん延防止等重点措置の下での要請・命令や公表によっても、特定の事業活動に対する風評被害や偏見を生み、それは当該事業者諸個人の名誉・プライバシーや営業の自由ひいては生命に対する権利の侵害に繋がるおそれがある。
  4. 以上の観点から、当会は、緊急事態宣言関係諸規定の廃止を求めるとともに、この度の感染症法及び特措法の上記改正諸規定の廃止を併せ求めるものである。

以上

2021(令和3)年3月10日
埼玉弁護士会 会長 野崎 正

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