2021.03.10

通信傍受につき慎重な運用を求める会長声明

  1. 政府は、2021(令和3)年2月19日、捜査当局の通信の傍受で、2020年1月1日から12月31日までの1年間に、薬物の密売や拳銃の所持など、全国で20の事件の捜査で、合計2万120回の通信傍受を行ったこと等を国会に報告した。
    この報告は、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(以下「通信傍受法」という。)第36条に基づき、毎年政府が国会に報告するものであるが、事件数は例年10件前後で推移しており、ここ5年の通信傍受した通話回数は年間合計1万件程度であったが、それが約2倍に増え、過去最多となった。また、いずれも事業者の立会いなしで行われたものであった。
  2. 通信傍受が拡大している背景には、2016年の刑事訴訟法等改正の中で通信傍受法も改正され、2019年6月から、通信事業者の施設でなく警察施設などで事業者の立会いなしで通信傍受が可能になったことによるものと言える。
    2016年の刑事訴訟法等改正は、法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という。)での約3年間の議論を経て取りまとめられた答申に基づくものである。特別部会は、いわゆる厚生労働省局長事件など、数々の冤罪・誤判事件や捜査機関による自白強要・証拠改ざんなどの不祥事が発生し、捜査の在り方に対する抜本的な見直しの必要性が社会的要請となった事態を受けて設置され、密室での取調べ中心の実務を抜本的に改める方策の提言が期待されていた。
    しかし、その改正は、極めて不十分な取調べの可視化と引き換えに、新たな冤罪・誤判の危険を生み出す司法取引や刑事免責制度の導入など、上記特別部会設置の趣旨に反するものと言わざるを得なかった。
    通信傍受については、対象罪名を詐欺、窃盗など一般犯罪にまで大幅に拡大し、同時に、これまで市民のプライバシー保護の観点から、通信傍受の謙抑的な運用に寄与していた通信事業者の常時立会いを不要とする新たな傍受方法の導入を認めた。
  3. 通信傍受法の制定の際、国民の通信の秘密やプライバシーが不当に侵害されるのではないかとの懸念が示され、違憲論が有力に主張されたことを忘れてはならない。
    特に2019年6月以降、通信事業者の常時立会が不要となり(傍受対象通信を通信事業者等の施設において暗号化した上で送信し、これを捜査機関の施設において自動記録等の機能を有する専用装置で受信して復号化することによる場合、通信事業者の立会い等不要)、傍受手続きが簡易化されたが、この変更に伴う適正手続き担保の手段(無関係通信の傍受など通信傍受の濫用的な実施の防止策)は、なんら確保されないままである。
  4. 傍受手続の適正を担保するための措置であった通信事業者の立会いが不要とされ、第三者の立合いによる捜査機関の抑止が利かなくなったが、令状による事前審査で通信傍受の濫用を回避することは事実上不可能である。
    現実にも、従前の通信傍受の令状の運用においても、無関係通話が傍受実施通話の約84%を占めており、また裁判所が令状請求に対しこれを認めなかったのは2011年の2件だけであった。2002年の通信傍受開始以来、令状発付率はほぼ100%である。
    こうした中、捜査機関は傍受の継続が必要だと判断すれば、無制限に傍受を継続することも可能である。第三者の立ち合いによる抑制機能が失われた以上、捜査機関の暴走による国民の通信の秘密やプライバシー侵害を防止するため、謙抑的な運用を担保する新たな制度の導入は不可欠である。
  5. 通信傍受は、通信内容の聴取という特性から、ひとたび濫用されると、事後的な当該聴取記録の抹消により侵害が回復されるという関係にたたない。
    現行法において、不服申立制度が用意されているが、傍受された通信の相手方に対しては、その氏名等が判明しなければ傍受が行われたことの通知すらされず、被疑者についても氏名や所在が分からない場合には通知の到達が確保されていないなど、不服申立ての機会が十分に保障されているとは言えない。そして、既に実施された傍受について不服申立てをしても損害は回復されえず、申立の実益がないことは先に述べた通りである。このような現行の不服申立制度によって、捜査機関による濫用が防止しうるとは到底いうことができない。
    裁判所による令状審査とは別に、通信傍受法の適正な運用を担保するためには、捜査機関から独立し、実施を監視する第三者機関を設置することが不可欠である。
  6. 2016年の刑事訴訟法等改正に対し、当会は、繰り返し、法案の段階から強い懸念を会長声明や総会決議で表明するとともに、法案が内包する問題点を指摘してきた。また、当会を含む18の弁護士会会長が通信傍受法の改悪に反対する共同声明を発表した。
    2020年の通信傍受の実施状況を踏まえ、当会としては改めて、市民の通信の秘密及びプライバシーの保護の観点から、通信傍受の慎重な運用を求める。併せて、傍受の適正な運用を担保するため、裁判所による令状審査とは別に、傍受の実施を監視する第三者機関を設置することを求める。

以上

2021(令和3)年3月10日
埼玉弁護士会 会長 野崎 正

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