2021.11.10

契約書面等の電子交付に関する政省令制定に関し、消費者保護のための必要な措置を定めることを求める意見書

2021(令和3)年11月10日

内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)   若宮 健嗣 殿
消費者庁長官                伊藤 明子 殿
消費者委員会委員長             後藤 巻則 殿
特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会座長  河上 正二 殿
特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会
                 ワーキングチーム主査  鹿野 菜穂子 殿

埼玉弁護士会
会長 髙木 太郎

第1 意見の趣旨

特定商取引法及び預託法の契約書面等の電子交付に関する政省令を定めるに当たっては、

  1. 契約書面等を電子交付することの承諾取得について、書面により行うなど消費者の真意に基づく明示的な承諾を確保するための必要な措置を定めること
  2. 契約書面等を電子交付することを認める消費者を、書面の電子化に対応できる適合性を有する消費者に限定する要件を定めること
  3. 契約書面等を電子交付する方法について、書面による場合と同程度の告知機能が確保されるよう必要な措置を定めること
  4.  を求める。

第2 意見の理由

1 はじめに

  1.  2021年(令和3年)6月9日、衆議院で一部修正された「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引法に関する法律等の一部を改正する法律」が、消費者の承諾のもと契約書面等の電磁的交付を認める点について、160を超える消費者団体や弁護士会等の団体から反対意見が提出され、国会審議においても野党の反対を受けながらも[1] 、参議院で可決され成立し、今後、消費者の承諾の取得方法や電子データの提供方法については、政省令にて定められることとなっている。
  2.  特定商取引法(以下「特商法」という。)に定められるクーリング・オフ制度や書面交付義務は、情報や交渉力の不足する消費者に対して、いずれの点においても優越的立場をしめる事業者が攻撃的勧誘ないし幻惑的な取引を行って消費者被害が多発したという実態に基づき、これを是正すべく制度化されたものといえる。
     また、消費者は、単にクーリング・オフ制度が法律に定めてあるだけでは、クーリング・オフの権利の行使は期待できず、契約内容やクーリング・オフに関する正確な情報が分かりやすく与えられなければ、その可否の判断はできない。
     そのため、事業者の書面交付義務は、消費者への情報提供及びクーリング・オフの権利行使の機会を基礎づけるという意味で重要なものといえる。
  3.  したがって、契約書面等の電子交付について、以上のような特商法の趣旨が骨抜きにされないよう必要な措置を定めることを求めるものである。

2 意見の趣旨1について

  1.  消費者の承諾の取得方法の検討にあたっては、特商法が規制する取引類型は、悪徳商法として多数の問題が生じ得るものであり、消費者は、事業者に言われるがままに行動する傾向があることから[2] 、消費者が承諾の意義・効果を理解した上で「真意に基づく承諾」が行われることが確保される方法を採られなければならない。
  2.  また、参議院地域創生・消費者問題特別委員会令和3年6月4日附帯決議では、「消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されることを確保するため、事業者が消費者から承諾を採る際に、電磁的方法で提供されるものが契約内容を記した重要なものであることや契約書面等を受け取った時点がクーリング・オフの起算点となることを書面等により明示的に示すなど、書面交付義務が持つ消費者保護機能が確保されるよう慎重な要件設定を行うこと、また、高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」という内容が附帯決議されている。
  3.  以上のような事情に鑑み、実際の政省令の制定にあたっては、承諾取得について、以下のような規定を盛り込むべきであると共に、他の消費者関係団体の意見等を踏まえてより具体的に検討されるべきである。

①承諾の取得方法は、紙の書面によることを原則とし、契約の勧誘、締結、役務提供が全てオンライン上で完結する取引に限って電子メールに よる承諾を許容すること、書面または電子メールによる承諾を取得する場合、事業者から必要事項を記載した書面または電子メールに対し、消費 者から明示的に書面への署名または電子メールの返信を受けた場合に限るものとすること
 すなわち、消費者の承諾の有無が争点となる紛争が発生することは、クーリング・オフ制度の起算日に関わる手続であるから絶対に避けるべきであり、そのためにも消費者が承諾をしたことを明確に確認できる必要がある。
 電子化の承諾を得るための書面または電子メールには、書面の交付を受けることが原則であること、書面に代わる電子データは契約内容を表示した重要なものであること、書面または電子データを受領した日がクーリング・オフの起算日となること等を、明示的に表示すること、そして、書面の場合はその控えが消費者に交付されることにより、本人または親族等の第三者が書面の電子化の意味を認識できるようになり、後日、契約の存在を認識できるようになる。
 また、書面による承諾が不要な場合においては、消費者がオンライン上のウェブ画面にてチェック欄にチェックする方法による承諾を認めると、画面上に表示された指示に従わされるがまま操作を行ったり、始めからチェックが入った状態で画面表示がされる等により消費者が明確に認識しないまま書面の電子化を承諾してしまう事態が想定される。
 このような事態を避けるためにも、消費者が積極的に承諾をしたことを明確にすることから、事業者からの電子メールに対し、消費者から、書面の電子化を承諾する旨の返信を求めるようにすべきである。

②消費者から承諾を取得する際には、交付される電子データの意義・記載内容・クーリング・オフの起算点となること等について、事業者の説明義務を定めること
 消費者が、事業者に言われるがままに行動する傾向があることに鑑みれば、消費者は、交付される電子データの重要性を認識しないまま安易に書面の電子化に承諾してしまうおそれがある。
 特商法における書面交付義務が消費者への情報提供及びクーリング・オフの権利行使を基礎づける重要なものである以上、それに代わり交付される電子データが、同様に重要な資料であることを消費者に認識させ、消費者の実質的な承諾を十分に担保させる必要がある。

③契約の相手方が高齢者の場合には、家族や介護サービス提供者等の契約者以外の第三者にも承諾に関与させること
 上記で述べたとおり、参議院地域創生・消費者問題特別委員会令和3年6月4日附帯決議では「高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」との決議がなされている。

 高齢者は、判断能力においても衰えて、より一層、事業者の言葉を信じ込み、具体的なメリット、デメリットを十分に理解できないまま事業者に言われるがままに承諾してしまう危険が非常に高い。
 そのため、かかる規定を盛り込むことにより、高齢者の真意に基づく承諾を補完するものとして、第三者の関与を義務付け、「真意に基づく承諾」を担保する必要がある。

3 意見の趣旨2について

  1.  書面の電子交付等について実質的な承諾を行われたとしても、交付された電子データを十分に確認できる能力や環境を消費者が有していなければ、消費者への情報提供及びクーリング・オフの権利行使を基礎づける重要な役割を果たすものとは言えない。
  2.  そのため、書面の電子化に対応できる適合性を有する消費者であるか否かを事業者は確認すべきであり、実際の政省令の制定にあたっては、以下のような規定を盛り込むべきであると共に、他の消費者関係団体の意見等を踏まえてより具体的に検討されるべきである。

①消費者が所持する電子機器に、交付される電子データを閲覧、閲読、保存機能を有することの確認及び消費者がこれらの操作が可能であることの確認を義務付けること 交付された電子データを消費者が保有する電子機器によって確認できる状態にあることが、電子化に対応するための前提条件である。消費者が交付された電子データが閲覧できなければ、書面交付義務の趣旨が達成されない。
 そのため、事業者は、取引の相手方となる消費者が電子データを受領しようとする電子機器が、当該電子データを閲覧、閲読、保存機能を有するか否かの確認を義務付けるべきである。
 また、高齢者をはじめとする電子機器の操作に不慣れな消費者は、スマートフォンを持っていたとしても電話・SNS・メールの機能程度しか利用したことがなく、電子ファイルを開き保存するという操作経験に乏しく、交付された電子データを閲覧できないということも優に想定できる。
 そのため、消費者が所持する電子機器の機能だけでなく、当該消費者が、交付された電子データを閲覧等するための操作が可能であるか否かも十分に確認が必要である。
 よって、消費者が所持する電子機器に、交付される電子データを閲覧、閲読、保存機能を有することの確認及び消費者がこれらの操作が可能であることの確認を義務付けるべきである。

②交付された電子データをプリントすることができるか否かの確認を義務付けること
 現在の特商法等の省令では、法定書面の文字のポイントを8ポイント以上とするなど、消費者へ十分に情報を提供するために文字の大きさに規制を設けている。
 例えば、本来A4サイズの文書を電子データで受領し、スマートフォンの画面で閲覧した場合に、文字が小さく、消費者にとって読みづらい若しくは読めないといった事態が生じかねない。
 そして、消費者の特性として細かい文字は十分に読まないことも指摘されるところであり[3] 、消費者が交付された電子データについて、本来の大きさでプリントアウトし内容を十分に確認できる環境が必要不可欠である。
 よって、交付された電子データを自らプリントすることができるか否かの確認を義務付けるべきである。

3 意見の趣旨3について

    1.  従来の書面交付義務に代えて、電子データでの交付を認めるものである以上、書面による場合と同程度の告知機能が確保され、消費者に対し、情報提供及びクーリング・オフの権利行使を基礎づける認識を与えるものでなければならない。
    2.  そのため、契約書面等を電子交付する場合には、消費者に対する告知機能を確保するため、政省令の制定にあたっては、以下のような規定を盛り込むべきであると共に、他の消費者関係団体の意見等を踏まえてより具体的に検討されるべきである。

    ①電子データによる提供は、契約条項全体をPDFファイルとして添付し、電子メールにより送信すること
     電子データによって交付された書面の内容が事後的に変更や改ざんが生じないよう書面をPDFファイルとして添付することが求められる。
     また、交付方法を電子メールに送信することに限定することにより、消費者の電子機器のファイルに記録されたときに到達(提供)したものとなる(特商法4条3項等)
     なお、事業者のサイトに顧客別のサイトを設け、消費者がアクセスすることにより契約書面等をダウンロードする方法による提供方法も考えられるところではあるが、消費者がサイトにアクセスしファイルをダウンロードするまでは消費者の保有する電子機器に記録されたことにならず、到達したことにはならないし、「直ちに」「遅滞なく」提供する義務(特商法4条1項、2項等)を果たすことにはならない。
     さらに、LINE等のSNSで契約書面等をPDFファイルで添付、送信しても受信者側でダウンロードしなければ消費者が保有する電子機器に記録されたことにはならず、また、一定期間経過すると自動的に削除されることもあるため、契約書面等の電子データを遅滞なく提供する義務を果たすことにはならない。
     そのため、電子交付の方法としては、電子メールによることが最も妥当な手段であり、電子交付の方法として電子メールによる旨が定められるべきである。

    ②契約条項全体をPDFファイルで提供する際に、電子メール本文に、契約内容の要点(商品名、数量、代金額)及びクーリング・オフ事項を容易に認識できるよう明瞭に表示すること
     事業者から電子メールにて交付された契約書面等を開かない限り、消費者が契約内容やクーリング・オフに関する事項を認識できないとなると、書面交付による場合に比べ、消費者に対する告知機能が劣ると考えざるを得ない。
     書面によるクーリング・オフ等の告知機能を電子交付の場合にも確保するためには、消費者が添付ファイル等を開く前でも必要最小限との契約内容とクーリング・オフ制度を認識できるようにすることが必要である。
     そのため、提供方法を電子メールに限ることを前提にすれば、メール本文に契約内容の要点とクーリング・オフ事項を記載することが最も有効な手段である。
     よって、契約条項全体をPDFファイルで提供する際に、電子メール本文に、契約内容の要点(商品名、数量、代金額)及びクーリング・オフ事項を容易に認識できるよう明瞭に表示すべきである。

    ③事業者の勧誘行為により消費者が契約の申込をしたその場で「直ちに」又は「遅滞なく」書面の電子化に関する承諾を得ると共に遅滞なく告知機能が確保された方法にて電子交付を行う旨を定めること
     書面交付義務を電子データの提供に変更する手段として、勧誘を行ったその場で契約の申込を受けると、「直ちに」書面交付義務(特商法4条)を負うことから、これに代わる電子データの提供には承諾の取得と電子データの提供を「直ちに」行う必要があるというべきである。
     この点、訪問販売業界において、訪問販売など対面で勧誘を行った場合に、その場では「申込みは受けずに一旦退去する」とし、「消費者に十分考える時間」を与えるという理由で、「消費者から電話やFAX、インターネットで申込み」を受けるという方法を促し、「申込がない消費者に再度アプローチもあり得る」という方法が、検討されている[4] 。
     しかし、かかる手法を認めることは、訪問勧誘・対面勧誘で契約締結の意思形成を説得し、消費者の契約締結の意向を実質的に引き出しておきながら、電子化の承諾による電子データの提供義務を回避するばかりか、書面交付義務自体の回避(訪問販売ではなく通信販売であるとの主張)を意図しているものというほかなく、脱法的手段が横行することになる危険がある。
    不意打ち的な勧誘や利益誘引勧誘により不本意な契約の「承諾」をしてしまう消費者被害を防止・救済する書面交付義務の機能を確保することを優先すべきであり、そのためには、勧誘したその場で直ちにまたは遅滞なく書面の電子化に関する「真意に基づく明示的な承諾」を得ることの要件、並びに遅滞なく電子データを提供する場合においても契約内容とクーリング・オフの告知機能を確保できる要件を、正面から定めるべきである。
     よって、事業者の勧誘行為により消費者が契約の申込をしたその場で「直ちに」又は「遅滞なく」書面の電子化に関する承諾を得ると共に遅滞なく告知機能が確保された方法にて電子交付を行われるべきである。

    第3 最後に

    書面の電子化を内容とする特定商取引法及び預託法の改正は、多くの反対意見が出され、様々な問題を孕むものである。 消費者保護を目的とする特商法・預託法の趣旨を後退させないよう、適切な政省令を制定し、消費者被害の拡大防止を図るべきである。

    以 上


    [1] なお、当会は2021年1月26日付で「特定商取引法の書面交付義務の電子化に関する意見書」を出し、反対意見を出している。

    [2] 司法研修所編「現代型民事紛争に関する実証的研究―現代型契約紛争⑴消費者紛争」70頁では、「先物取引等でよくある「十分に説明を受けてその仕組みを理解した上で、取引を行う」旨の書面については、消費者は業者に言われるがままに行動する傾向があることから、説明義務違反の有無を判断する際にはさほど重視していない。」との裁判官アンケートの指摘が紹介されている。

    [3] 前掲注2 70頁では「基本的に、消費者側は約款の細かい文字は読んでいないだろうという前提で、約款の重要事項につき、口頭でどの程度の説明を受けているのかという点から判断していかざるを得ないように感じている」。と指摘され、消費者の特性として細かい文字は読んでいないということが指摘されている。

    [4] 令和3年9月27日第2回ワーキングチーム会合(特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会)における日本訪問販売協会提出資料5頁参照

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