2021.12.03

SNS事業者の本人確認義務等に関する意見書

2021(令和3)年12月3日

総 務 大 臣    金 子 恭 之 殿
消費者庁長官     伊 藤 明 子 殿
消費者委員会委員長  後 藤 巻 則 殿

埼玉弁護士会
会長 髙木 太郎

第1 意見の趣旨

  1.  総務省は,LINE等のコミュニケーションアプリをはじめとするソーシャルネットワーキングサービス(SNS)が詐欺行為や詐欺商法の誘引手段として使用されている実態,特に利用者の登録時に本人確認を十分に実施していないSNSが詐欺商法の誘引手段として多用されている実情,弁護士法23条の2による利用者情報の開示請求に対するSNS事業者の対応状況等を調査したうえで,SNS事業者の本人確認義務の導入,本人確認記録の保管及び利害関係人による利用者情報の開示請求に対しSNS事業者が適切に対応する対策等,実効性ある措置を検討するように求める。
  2.  消費者庁及び消費者委員会は,SNSを誘引手段とする投資詐欺被害や暗号資産取引被害等の実態,SNS事業者の利用者登録時の本人確認の実施状況,本人確認記録の保管状況,弁護士法23条の2による利用者情報の開示請求に対するSNS事業者の対応状況等を調査のうえ,総務省に対し第1項記載の措置が速やかに講ぜられるよう適切な働きかけもしくは意見表明を検討することを求める。

第2 意見の理由

1 はじめに

  1.  日本国内をはじめ,通信環境のグローバル化に伴い,Facebook,Twitter,LINEなど様々なSNSが発達をしている。
     しかし,SNSの発達に対し,匿名性を悪用した詐欺行為や詐欺的商法(以下,「詐欺行為等」という。)を防止する法律の整備が遅れている状況にある。
     その結果,「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律」(以下,「携帯電話不正利用防止法」という。)や「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(以下,「犯罪収益移転防止法」という。)などで規定されているような厳格な本人確認義務と比較して,SNS事業者による本人確認措置が極めて不十分な運用が現に存在している。
     そして,厳格な本人確認が行われていないSNSが犯罪の手段として利用されるという事案が多発している状況である。
     詳細は後述するとおりであるが,昨今ではFacebookやマッチングアプリと呼ばれるSNSからLINEへ誘導され,そこから詐欺が行われるという事案が多発している。

2 SNS事業者における本人確認の実情について

 以下では,日本国内で最大規模のコミュニケーションアプリである「LINE」をめぐる現状を分析するとともに,上記意見の趣旨の理由を述べる。

  1. LINEの利用者数について
     LINE株式会社(以下,「LINE社」という。)が提供するスマートフォン用のコミュニケーションアプリ「LINE」(以下,「LINE」という。)の利用者数は,LINE社の発表によれば2020年9月時点で月間8600万人に上るとされており,文字によるメッセージ機能のみならず,音声による通話機能も備えている。無料で利用できることを含めて,日常生活にもはや欠かせないツールとなっている。
  2. LINEの登録方法について
     LINEのアプリケーションを導入し利用を開始するにあたっては,本人確認は必要とされていない。
    LINE Payを用いる際には,事業者の債権回収のため本人確認が必要とされているが,LINEのコミュニケーション機能の利用には本人確認が義務付けられていない。
     なお,初期には電話番号の登録も必要条件ではなかったのに対し,現在ではLINEの導入時点で電話番号の登録が必要となっているが,メッセージ上に表示される名前はニックネームでもよく,またいつでも変更できるので,本人確認の機能とはならない。
     このようにLINEは電話番号を登録すれば,本人確認をせず,簡単に使用ができる仕組みとなっている。

3 LINEが犯罪に使用されている実態について

  1. 詐欺行為等に利用されている実態
     LINEは登録の簡便さや利用が無料であるうえ,スタンプといった独自のコミュニケーションツールを使用できることなどから,上記のとおり爆発的な普及を見せている。
     その一方で本人確認が厳密に行われておらず,使用者が特定されにくいことから,犯罪のツールとして用いられやすい状況になっている。
     実際,LINEが詐欺の手段として利用されている事案が頻繁に生じている。
     例えば,FacebookなどのSNSやTinderなどのマッチングアプリを通じて交流を持ち始め,その後LINEに誘導され,LINE上でオンラインカジノや実体のない海外FX取引,海外先物取引などに勧誘されるケースが多数報告されている。
     そして,LINE上において勧誘が行われたのち,相手方が指定する個人名の口座に振り込ませるケースや,暗号資産を購入させた上で暗号資産として送金させるケースなどの手法により,現金が収奪されている状況である。
  2. LINE社から捜査機関への情報開示
     上記の実情を裏付けるデータとして,LINE社はHP上において,捜査機関からの照会に対する情報開示の状況について発表しているところ,開示されている以下のデータが参考になる。
    2018年1月~6月 1347件
    2018年7月~12月 1518件
    2019年1月~6月 1422件
    2019年7月~12月 1399件
    2020年1月~6月 1465件
    2020年7月~12月 1684件

     これによると,少なくない件数でLINEが何らかの犯罪に利用され続けていることがわかる。
      なお,同HP上では,韓国,シンガポール,イギリス,台湾,米国,オーストラリア,香港,トルコにおける捜査機関からの照会に対する情報開示の状況も公開されている。
     例えば,2020年7月~12月度における他国での捜査機関からの照会件数は,日本の次に多いのが台湾であるが,それでも346件である。
     また韓国では捜査機関からの照会が60件にとどまっており,日本より人口の多いアメリカでは5件である。
     なおそのほかの国はすべて捜査機関からの照会は1件である。
     以上のとおり,他の国との比較からも日本においてLINEが犯罪に利用されている頻度が極めて多いことが裏付けられる。

4 SNSを規制する法律について

  1. 携帯電話不正利用防止法の適用関係
     LINE社については電気通信事業法に規定される電気通信事業者に該当することから,電気通信事業の届け出が行われている。
     しかし,電気通信事業法においては,電気通信事業者に本人確認義務が課されていない。
     電気通信事業者のうち発信場所が特定できない携帯電話については,ヤミ金融業者や振り込め詐欺業者の連絡手段として悪用されてきた実態を踏まえ,携帯電話不正利用防止法において,「携帯音声通信事業者」に対し本人確認義務が課されている(同法3条1項)ところ,LINE社において本人確認義務が課されるかを検討する。
     「携帯音声通信事業者」とは,同法2条3項において「電気通信事業法第2条第5号に規定する電気通信事業者のうち携帯音声通信役務を提供するものをいう。」とされ,「携帯音声通信役務」とは,同法2条2項において「電気通信事業法第2条第3号に規定する電気通信役務(以下「電気通信役務」という。)のうち携帯音声通信に係るもの」とされ,「携帯音声通信」とは,同法2条1号において「携帯して使用するために開設する無線局(第四項において「無線局」という。)と,当該無線局と通信を行うために陸上に開設する移動しない無線局との間で行われる無線通信のうち音声その他の音響を送り,伝え,又は受けるものをいう。」と定義されている。
     つまり,無線通信のうち「音声その他の音響を送り,伝え,または受ける」携帯音声通信サービスを提供する事業者(いわゆる携帯電話会社。MVO・MVNO)が携帯電話不正利用防止法の対象事業者である。
     これに対し,LINE等のSNSは,音声を送受信する携帯電話の無線回線を利用するのではなく,インターネット回線によるデータ通信を音声に転換するアプリケーションソフトにより音声通話を行う仕組みであるから,「携帯音声通信」には該当せず,したがって携帯電話不正利用防止法の対象事業者には該当しないと思料される。
  2. 犯罪収益移転防止法の適用関係
     同じく本人確認義務が課せられている犯罪収益移転防止法の適用があるかを検討する。
     犯罪収益移転防止法上,本人確認義務を負う特定事業者は多岐にわたるが,通信の関連は同法2条2項42号において規定されている。
     同法2条2項42項は「顧客に対し,自己の居所若しくは事務所の所在地を当該顧客が郵便物(民間事業者による信書の送達に関する法律(平成十四年法律第九十九号)第二条第三項に規定する信書便物並びに大きさ及び重量が郵便物に類似する貨物を含む。以下同じ。)を受け取る場所として用い,又は自己の電話番号を当該顧客が連絡先の電話番号として用いることを許諾し,当該自己の居所若しくは事務所において当該顧客宛ての郵便物を受け取ってこれを当該顧客に引き渡し,又は当該顧客宛ての当該電話番号に係る電話(ファクシミリ装置による通信を含む。以下同じ。)を受けてその内容を当該顧客に連絡し,若しくは当該顧客宛ての若しくは当該顧客からの当該電話番号に係る電話を当該顧客が指定する電話番号に自動的に転送する役務を提供する業務を行う者」が特定事業者に該当するとしている。
     つまり,郵便物の受け取り代行若しくは転送,または電話の受付代行若しくは転送サービス事業者を適用対象としている。
     これに対し,LINE等のSNSは,前述のとおり電話回線を利用しない通話であるため,電話による受付や転送サービスにも該当せず,犯罪収益移転防止法の特定事業者には当たらないと思料される。
  3. 小括
     以上のとおり,本人確認義務が課している法律の文言上直接の適用がないと解される。
     ところで,特定商取引法の電話勧誘販売(同法2条3項)の定義に関して,消費者庁は,「『電話をかけ』とは,・・・販売業者等が購入者等に対して電話をかけることを示している。有線,無線その他の電磁的方法によって,音声その他の音響を送り,伝え,または受けるものである限り,スカイプ等のインターネット回線を使って通話するIP電話等も『電話』に含まれる。なお,電話には録音音声や自動音声によるものも含まれる。」(消費者庁「特定商取引に関する法律の解説(平成28年版)」56頁)という解釈を示している。 不意打ち勧誘による契約をめぐる購入者等の利益保護を目的とする特定商取引法においては,音声通信役務を通じた音声通話とインターネット回線を経由する音声通話とを区別する必要はないとする解釈である。
     これに対し,電気通信事業法は,電気通信の方法の違いに応じて規制内容を区別しているため,音声通信とデータ通信との区別を維持する必要があるかもしれないが,携帯電話利用防止法は匿名性を悪用した詐欺行為等の手段として使用することを防止することを目的とする法律であるから,音声通信役務を通じた音声通話とインターネット回線を経由する音声通話とを区別する必然性はないはずであり,法改正によりSNSを適用対象に加えることが適切である。

5 LINE等を用いた詐欺行為等における被害回復の困難さについて

 LINE等を用いた詐欺行為等は現在も急増している。
 しかし,LINE等を用いた詐欺行為等については,以下の理由により相手方の特定が困難であることから,被害回復が困難となっている。

  1. 発信者のLINEのアカウントの特定情報が受信者のLINEメッセージ画面から確認できないこと
     LINEのアカウントを特定する情報は,登録されている電話番号もしくはLINE IDである。
    電子メールの場合は,発信者のメールアドレスが受信者のメール受信画面に表示される仕組みであるのに対し,LINEのメッセージは匿名のニックネームで発信することができるため,発信者を特定する情報は受信者のメッセージ受信画面に何ら表示されないこととなる。
    しかも,登録電話番号もLINE IDも受信者のLINEのメッセージ画面には表示されず確認することはできない。
     なお,LINEの利用者が自身のLINEアカウントに知人のLINEを登録する際,LINE IDを用いずとも登録ができるため,登録されているLINEアカウントだとしても,LINE IDを必ずしも把握しているものではない。
     その結果,犯罪行為に用いられたLINEアカウントについて,LINE社に対し発信者情報の照会を行おうとしても,そもそも発信者を特定する情報がないことから,LINE社に対し照会を行う手掛かりが得られないケースが多い状況である。
     2021年4月に改正されたプロバイダー責任制限法(未施行)により,インターネット上の誹謗中傷に対する発信者情報開示請求を円滑に行うことができるようにするため,SNS事業者に対する開示請求手続と通信事業者に対する開示請求手続を一つの手続で行うことができる非訟手続を導入した。
    しかし,前提となるSNS事業者の本人確認義務や発信者情報の保存や開示に対する法制度が欠ける現状では,新たな制度の実効性が確保できないものと言わざるを得ない。
  2. LINE社が弁護士法23条の2に基づく照会に回答を拒否する傾向にあること
     仮に被害者がLINE IDを把握できていたとしても,LINE社は弁護士法23条の2に基づく照会に対し,回答を拒否する傾向にあるため,弁護士による調査によっても発信者情報を把握できないこととなる。
     例えば,前述した他のSNSからLINEを経由し,架空の取引をさせるため暗号資産等によって金員を送金させた詐欺事件において,依頼者の協力を得て,LINE IDを特定し,LINE社に対し発信者の登録電話番号について弁護士法23条の2に基づく照会を行ったが,「諸般の事情を考慮し,回答拒否をする。」といった何ら理由を示さずに回答を拒否した事例が,当会所属の弁護士の取扱い事件においても存在する。
     また,詐欺商法の被害救済に取り組む東京都内の有志の弁護士によって結成されている東京投資被害弁護士研究会においてもLINE社が弁護士法23条の2に基づく照会に対し,回答を拒否する傾向にあることから,令和3年8月2日にLINE社に対し申入書を送付している。
     以上のように,LINE社は弁護士照会への回答に消極的であるため,被害回復が図れていない状況である。
  3. 発信者がLINEのメッセージデータを削除することによりにより登録電話番号等の情報も削除されること
     弁護士法23条の2に基づく照会に対し,回答書が届いた事案の中には,発信者によるLINEアカウントの削除に伴って登録電話番号の情報も抹消されたことから,回答できないといった回答も存在する。
     LINE社がこのような運用を行っているとすれば,詐欺行為者らがLINEアカウントを削除してしまえば,詐欺行為者らを特定する情報は全く存在しないことになる。
     そもそも詐欺行為者らは,詐欺行為等の証拠などを残さないように短期間で連絡手段を変更するなどの証拠隠滅を行うのが一般的である。
     したがって,詐欺行為等に使用したLINEアカウントをそのまま残しておくとは考えにくい。
    そのため,発信者のLINE IDを特定することができて,弁護士法23条の2に基づく照会を行ったとしても,その間に発信者側でLINEアカウントを削除してしまえば,発信者の特定情報が存在しないとの回答がなされることになってしまい,結局は被害回復が不可能になってしまう状況となっている。
     こうした仕組みないし運用は,詐欺行為者らにとってみれば,LINEは本人の特定がされない安全なツールとなっている現状であり,被害者の被害回復が行えないという極めて深刻な状況となっている。

6 まとめ

 SNSを利用して詐欺行為等を行う者は,被害者と複数回の連絡を取ることが通例であり,身元の特定につながらない連絡手段の確保は詐欺行為者らにとってみれば必要不可欠である。
 携帯電話が普及した当初は,携帯電話の契約に本人確認義務が課せられていなかったため,通話料金の回収のための本人確認が不要であったプリペイド携帯電話が詐欺行為等の手段として多用され,プリペイド携帯電話における本人確認が実施されるようになると,いわゆる「飛ばしの携帯」と言われるような他人名義や架空名義の携帯電話が詐欺行為等に頻繁に利用されていた。
 その後,携帯電話不正利用法防止法の成立により,携帯電話の契約に本人確認義務が課されるようになると,本人確認義務がなかった電話転送サービスが詐欺行為等のツールとして利用されるようになった。
 そして,電話転送サービスについても, 犯罪収益移転防止法が改正され,本人確認義務が課せられるようになった。
 このように本人確認義務は,詐欺行為等への利用防止に一定の効果をもたらしており,詐欺行為者らにとってみれば,本人確認義務が課せられている携帯電話や電話転送サービス以外のツールが必要であった。
 現在,その条件を満たしているのが,SNSであり,LINE,Facebookやマッチングアプリなどが現に詐欺行為等に利用されている。
 前記のとおり,SNSの一つであるLINEの利用者数は8600万人に上り,老若男女問わず普及している状況であるから,詐欺行為等に使用するツールとしては非常に有用である。
 しかも,SNS運営会社は,個人情報保護法の観点であるとして,SNSアプリが削除された段階で,利用者の個人特定情報を速やかに消去する運用であるため,詐欺行為者としてはSNSアプリの削除という方法により容易に証拠隠滅を行うができる。
 したがって,SNSという日常生活にとっても非常に有用なツールを詐欺行為者らのツールにしないためには,携帯電話や電話転送サービスにおいて本人確認義務が詐欺防止への一定の抑止効果が認められていることを踏まえ,SNS登録時における本人確認を義務化することが不可欠である。
 また,SNSを用いる犯罪行為者らに対して,民事訴訟等の法的な責任を追及することも,被害救済と犯罪抑止のために必要な措置であり,そのためにはSNSの発信者の特定情報を取得するルールを明確化すべきであり,SNS運営会社において弁護士法23条の2に基づく照会という法的根拠のある照会に対し,事案及び照会事項に応じて適切に回答するという対応を周知徹底する必要がある。
 加えて,個人情報保護法の配慮であるとしてSNSの利用を中止しメッセージを削除した者の特定情報を直ちに削除するのではなく,犯罪収益移転防止法のように,記録の保管義務等をSNS運営会社に課す必要がある。  よって,意見の趣旨記載のとおり,各関係機関において,速やかに実態を調査の上,適切な措置を講じて頂きたく,本意見書を提出するものである。

以 上

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