2022.03.10

契約書面等の電子化に関する政省令制定に関し消費者保護機能を確保する規定を求める意見書

2022(令和4)年3月10日

内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)   若宮 健嗣 殿
消費者庁長官                伊藤 明子 殿
消費者委員会委員長             後藤 巻則 殿
特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会座長  河上 正二 殿
特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会
                 ワーキングチーム主査  鹿野 菜穂子 殿

埼玉弁護士会
会長 髙木 太郎

第1 意見の趣旨

  1.  特定商取引法及び預託法(以下「特定商取引法等」という)の契約書面等の電子交付に関する政省令を定めるに当たり、特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会ワーキングチームにおける意見を踏まえつつも、特定商取引法等の書面交付義務及びクーリング・オフ制度の消費者保護機能を十分に確保できる政省令とするよう求める。
  2.  政省令の規定には、消費者の真意に基づく明示的な承諾を確保すること、書面の電子化に対応できる適合性を有する消費者に限定すること、契約内容とクーリング・オフ制度の告知機能を確保できる電子交付の方法とすることとして、以下のような事項を規定すべきである。
  1.  消費者の真意に基づく明示的な承諾を確保する措置
    ア. 書面の電子化の承諾を得る際の説明義務
     対象消費者に対し、①原則として書面の交付を受けることができること、②提供する電子データが契約内容やクーリング・オフ制度
      を記録した重要なものであること、③電子データの受領日がクーリング・オフの起算日となることを説明する義務を課すこと。
    イ. 承諾書面の作成及び承諾書控えの交付を原則とすること
     訪問販売、電話勧誘販売、訪問購入等の不意打ち勧誘または対面勧誘型取引の場合並びに連鎖販売取引、業務提供誘引販売
      取引、預託等取引等の利益誘引型取引の場合は、書面に消費者の署名を行う方法により承諾を取得すること、承諾書面の控えを
      消費者に交付すること。
    ウ. 電子化の承諾を得るに際し不適正な行為を禁止すること
     ①電磁的提供の必要性・有利性について虚偽・誇大な説明をすること
     ②電磁的提供を選択することにより書面交付に比して対価・手数料を有利に取り扱う旨告げること
  2.  書面の電子化に対応できる適合性を有する消費者に限定する措置
     対象消費者が、スマートフォン・パソコン等の電子機器を利用して電子データをダウンロードして保存すること、添付ファイルを閲読して保存することの経験がある者に限定すること、書面の電子化の承諾を求めるに当たりこの点を確認すること。
  3.  電磁的方法による提供における契約内容及びクーリング・オフの告知機能の確保
    ア. 電磁的方法による提供は、契約条項全体の一覧性の確保と改ざん防止措置を講じたPDFファイルを添付した電子メールによる
      提供を基本とすること。
    イ. 電子データを送信する電子メール本文に、①契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額)、②添付した電子データが契約
      書面に代わる重要なものである旨及び③当該電子データの提供日がクーリング・オフの起算日であることを、明瞭に表示するこ
      と。
    ウ. 高齢者の消費者に対し電子化の承諾を得る際は、家族その他の第三者に電子データの提供を希望するか否かの意思確認を義務
      付け、希望がある場合は当該第三者に対し同時に電子データを提供すること。
    エ. 電磁的方法により電子データを提供したとき、遅滞なく、当該電子データが消費者の電子機器に供えられたファイルに到達したこ
      と及び消費者が受信したPDFファイルを開いて閲 読したことを確認すること。
  4.  販売業者が上記各義務のいずれかに違反した場合は、行政処分の対象とするほか、クーリング・オフの起算日が開始しないことを明記すること。

第2 意見の理由

1 はじめに

  1.  2021年(令和3年)6月9日、衆議院で一部修正された「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引法に関する法律等の一部を改正する法律」が、消費者の承諾を得て契約書面等の電磁的提供を認める点について、160を超える消費者団体や弁護士会等から反対意見書が提出され 、国会審議においても野党の反対を受けながら、可決成立した。
     現在、消費者庁「特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会」(以下「検討会」という)が開催されているところ、関係団体のヒアリングを踏まえて、政省令のあり方について意見のとりまとめを進めている。当会は、2021年11月10日付「契約書面等の電子交付に関する政省令制定に関し、消費者保護のための必要な措置を定めることを求める意見書」を発出し、政省令に定める事項のあり方について意見を発出した。その後、検討会における関係団体のヒアリングを通じて、特に事業者団体からの意見において、書面交付義務の消費者保護機能の低下を招くおそれのある意見が示されるなどして、政省令制定上の論点が浮かび上がった。
     本意見書では、こうした論点について、書面交付義務の消費者保護機能を確保する観点から問題点を明らかにする。そして、検討会において各団体等から提出された意見を踏まえて、改めて消費者の真意に基づく明示的な承諾を取得する要件及び電磁的方法による提供のあり方について、政省令に定めるべき事項を整理する。
  2.  特定商取引法等に定められている書面交付義務及びクーリング・オフ制度は、各取引類型の特徴に応じてその制度趣旨に違いがみられる。
    訪問販売、電話勧誘販売及び訪問購入は、販売業者が不意打ち的・攻撃的に勧誘を行い、即断を迫られることにより、契約締結の冷静な意思形成が不十分なままに不本意な契約を締結する被害が発生しがちなことから、契約締結直後に契約内容を書面により提示して確認し、冷静になって考え直すクーリング・オフの機会を与える趣旨である。
     連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び預託等取引は、儲け話による利益誘引ないし幻惑的勧誘により、不利益な契約条件を正確に認識しないままに契約締結に至る被害が発生しがちなことから、勧誘段階で概要書面交付義務を課し、契約締結時に契約書面交付義務を課して、正確な契約条件の告知を2段階にわたって設定し、冷静になって考え直すクーリング・オフの機会を与える趣旨である。
     特定継続的役務提供は、教育サービスや美容サービスなど個性に影響される役務提供を長期多数回行う契約類型であるため、契約内容・条件を正確に認識できないまま契約締結に至る被害が発生しがちなことから、勧誘段階で概要書面交付義務を課し、契約締結時に契約書面交付義務を課して、正確な契約条件の告知を2段階にわたって設定し、冷静になって考え直すクーリング・オフの機会を与える趣旨である。必ずしも直接的勧誘行為によって判断が歪められるという構図ではない。
  3.  一般消費者は、単にクーリング・オフ制度が法律に定めてあるだけでは、クーリング・オフの権利行使は期待できず、契約内容やクーリング・オフに関する正確な情報が分かりやすく与えられなければ、その行使の機会が与えられたとは言い難い。つまり、事業者の書面交付義務は、消費者への情報提供及びクーリング・オフの権利行使の機会を基礎づけるという意味で重要なものといえる。

2 消費者の真意に基づく明示的な承諾の取得について

  1.  特定商取引法等が規制する取引類型は、販売業者が主導的・攻撃的に勧誘し消費者の判断を歪めやすい特徴を有するものであり、現に悪質業者による多数の消費者被害を繰り返してきた。こうした勧誘を受けた消費者は事業者に言われるがままに行動する傾向があるといわれている 。
     したがって、消費者の真意に基づく明示的な承諾を取得することを確保するには、消費者が承諾の意義・効果を理解した上で「真意に基づく承諾」が行われるよう説明義務を課すこと(意見の趣旨2⑴ア)、明示的な承諾を得るため承諾書面の作成及び承諾書面控えの交付を要件とすること(意見の趣旨2⑴イ)、承諾を取得するに当たり不適正な行為を禁止すること(意見の趣旨2⑴ウ)を規定すべきである。
     なお、電磁的方法による承諾を認めるケースは、オンラインでアクセスして契約を締結しオンラインで役務提供を行うオンライン完結型特定継続的役務提供に限るべきである。その場合であっても、Webサイト上の表示において書面に代わる電子データの意義やクーリング・オフ制度の意義を明瞭に伝えたうえで、明示的に承諾の意思表明を行う手続とすべきである。
  2.  これに対し、事業者団体側の意見として、①「消費者からの電子的交付の承諾が『真意』であることを確保する方法を検討するとの課題設定は、他に類を見ない。事業者には『消費者の真意』を立証することは困難」、書面の場合以上に要件を厳しくすべきでない旨や、②電気通信事業法や割賦販売法などの規定例を紹介しつつ、電気通信事業法ではデフォルト(既定)の選択肢として電子交付を可能としている等の意見が出されている。
     しかし、電気通信事業法は事業者の登録制、届出制を採用し、契約条件の説明義務や苦情の適切処理義務の規定があり、かつ情報通信に関する契約を対象とする性質上、書面の電子化もある程度親和性がある。割賦販売法も事業者の登録制、業務適正化義務、加盟店調査義務などの規定があり、かつクレジット会社自身が契約締結の勧誘を行う仕組みではない。一方で、特定商取引法等の対象取引は、不当な勧誘行為によってトラブルの発生頻度が高い取引類型を対象とし、開業規制も無く、概要書面の説明義務や業務適正化義務等の規定が存在しない取引分野である。したがって、書面の電子化に対する消費者保護機能の確保のためには、承諾要件について他の法令よりも厳格な制度設計が必要である。
  3.  この点、参議院地域創生・消費者問題特別委員会令和3年6月4日附帯決議では、「消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されることを確保するため、事業者が消費者から承諾を採る際に、電磁的方法で提供されるものが契約内容を記した重要なものであることや契約書面等を受け取った時点がクーリング・オフの起算点となることを書面等により明示的に示すなど、書面交付義務が持つ消費者保護機能が確保されるよう慎重な要件設定を行うこと、また、高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」を政府に要請している。
  4.  以上のような事情に鑑みれば、事業者団体側意見は、国会の付帯決議の趣旨に反し、特定商取引法等の消費者保護機能を著しく後退させるものであり、到底認められない。

3 書面の電子化に対応できる消費者の適合性について

  1.  書面の電子交付について一定の手続の下で消費者の「承諾」を取得したとしても、当該消費者が提供された電子データを自ら適切に確認できる知識や経験や環境を有していなければ、消費者への情報提供及びクーリング・オフの権利行使を基礎づける役割を果たすことはできない。
     したがって、事業者は、書面の電子化の承諾を取得するに当たって、書面の電子化に対応できる適合性を有する消費者であるか否かを確認すべきである(意見の趣旨2⑵)。
  2.  この点について、事業者団体側意見として、「デジタル社会形成に向けた政府全体の方針や、書面交付の電子化を認める他の法令の要件に照らし、一貫性、整合性のある要件を設定すべき」とする意見や「一定年齢以上あるいは「デジタル適合性」のない消費者を一律に定義し、デジタル社会から隔離する方法は、Society 5.0の目指す社会から大きく乖離」などの意見が示されている。
     しかしながら、デジタル社会形成基本法7条には「デジタル社会の形成は、高度情報通信ネットワークの利用及び情報通信技術を用いた情報の活用により、大規模な災害の発生、感染症のまん延その他の国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生じ、又は生ずるおそれがある事態に迅速かつ適確に対応することにより、被害の発生の防止又は軽減が図られ、もって国民が安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与するものでなければならない。」と規定されており、消費者被害の発生防止が立法趣旨に含まれる。したがって、消費者に対して財産的損害が生じる危険を犯してまで、デジタル化を推進させることを承認する法律ではない。
     また、前記国会附帯決議においても「高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」が決議されており、デジタル適合性のない消費者への特別の配慮を求めることが立法者の明確な意思である。
  3.  したがって、デジタル化を一律に促進すべきではなく、消費者の適合性を十分に配慮したうえでそれに合わせて取引方法が選ばれるべきであり、特定商取引法等の消費者保護の要請を後退させないようすべきである。

4 消費者に対する契約内容及びクーリング・オフ制度の告知機能について

  1.  従来の書面交付義務に代えて、電子データでの交付を認めるものである以上、書面による場合と同程度の告知機能が確保され、消費者に対し、契約内容の情報提供及びクーリング・オフの権利行使を基礎づける認識を与えるものでなければならない。
     そのため、電子データの提供方法を定めるに当たっては、消費者に対するクーリング・オフ制度の告知機能を確保できる規定として、①契約条項をPDFファイルで添付した電子メールで送信すること(意見の趣旨2⑶ア)、②電子メール本文に、対象とする契約を特定する事項(契約日、商品名、代金額等)、クーリング・オフ事項、提供する電子データが書面に代わる重要なものであり、その受領日がクーリング・オフの起算日となること等を明示すること(意見の趣旨2⑶イ)、③高齢者の消費者の場合は家族等の第三者への同時提供を措置すること(意見の趣旨2⑶ウ)、④電子データを提供後遅滞なく消費者に対し電子データが到達したことや閲読したことの確認義務(意見の趣旨2⑶エ)が定められるべきである。
  2.  この点について、事業者側意見として、割賦販売法の省令の規定に鑑み、「ウェブ等で閲覧+ダウンロード+メール等で掲載した事実を通知」という方法を採ること、データファイル(PDF等)をダウンロードするためのURLを記載した電子メールを送信すること、契約内容が確認できるマイページ等を閲覧するためのURLを記載した電子メールを送信することなどの方法が出されている。
  3.  
  4.  しかしながら、前述のとおり、割賦販売法も事業者の登録制、業務適正化義務、加盟店調査義務などが規定されている。一方で、特定商取引法等の対象取引は、トラブルの発生頻度が高い取引類型を対象とし、開業規制も無く、概要書面の説明義務や業務適正化義務等の規定が存在せず、書面の電子化に対する消費者保護機能の確保のためには、提供方法についてもより厳格な制度設計が必要である。とりわけ、不意打ち勧誘・利益誘引勧誘による契約、内容不明確な契約について、契約内容とクーリング・オフの存在を契約締結直後に明確に知らせ、頭を冷やして考え直す(クーリング・オフ)機会を具体的に確保する必要がある。
     さらに、電子メールが消費者の電子機器のファイルに記録されたときに到達(提供)したものとなるところ(特商法4条3項等)、販売業者のサイトやマイページに消費者がアクセスして契約条項を閲覧しダウンロードする方法や、SNSで契約条項を送付する方法は、消費者がアクセスしてダウンロードするまでは、電子データが消費者の使用する電子機器に備えられたファイルに到達したとは言えず、「直ちに」「遅滞なく」提供する義務(特商法4条1項・2項等)を果たしたといえるものではないし、クーリング・オフの起算日を明確なものにできない。
     この点は、電子メールにより添付ファイルを提供する方法であっても、消費者の電子機器に備えられたファイルに到達した時期と、消費者が当該電子メールを開きかつ添付ファイルを開いて閲読する時期とは、ずれが生じるのが通例である。したがって、契約締結直後にクーリング・オフ制度を現実的に告知する機能を確保するためには、事業者が電子データを提供した後遅滞なく、当該電子データが消費者の電子機器に到達したこと及び消費者がPDFファイルを開いて閲読したことを確認する義務を課すことが重要である。この点は、クーリング・オフ制度につながる可能性がある個別信用購入あっせんにおける契約書面の電子化(割賦販売法35条の3の22)においても、書面に代わる電子データが到達したことの確認義務(同法省令27条3項)が定められていることに照らし、特定商取引法等においても不可欠の義務である。
  5.  
  6.  したがって、事業者の勧誘行為により消費者が契約の申込をしたその場で「直ちに」又は「遅滞なく」書面の電子化に関する承諾を得るとともに、遅滞なく告知機能が確保された方法にて電子交付が行われるよう政省令が定められるべきである。
  7.  

    第3 最後に

     書面の電子化を内容とする特定商取引法等の改正において、各取引類型について一律に書面の電子化を認める規定を導入したことは、特定商取引法等が取引類型の特徴に応じてクーリング・オフ制度等の消費者保護規定を設けている立法目的を無視した不適切な法改正であり、多くの反対意見が出されたとおり、様々な問題を孕むものである。
     現在、検討会において出されている事業者団体側意見は、デジタル社会の推進の名の下にこれらの消費者保護機能を後退させるものであり、特定商取引法等の趣旨に反するものである。
     よって、消費者保護を目的とする特定商取引法等の趣旨を後退させないよう、適切な政省令を制定すべきである。

    以 上


    [1] 当会は2021年1月26日付で「特定商取引法の書面交付義務の電子化に関する意見書」を発出し、反対意見を表明した。

    [2] 司法研修所編「現代型民事紛争に関する実証的研究―現代型契約紛争⑴消費者紛争」70頁では、「先物取引等でよくある「十分に説明を受けてその仕組みを理解した上で、取引を行う」旨の書面については、消費者は業者に言われるがままに行動する傾向があることから、説明義務違反の有無を判断する際にはさほど重視していない。」との裁判官アンケートの指摘が紹介されている。

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