2022.09.14

閣議決定を根拠とする「国葬儀」の実施に反対する会長声明

 2022年7月22日、政府が故安倍晋三元首相の「国葬儀」を9月27日に執り行う旨閣議決定したことが報じられた。遊説中の銃撃は実に痛ましく、多くの人々の故人を悼む思いは真摯で深い。しかしながら、閣議決定を根拠とするこのたびの「国葬儀」の実施は、行政法の基本原則である法律による行政の原理から逸脱する行政活動に該当する懸念がある。
 行政活動は行政機関独自の判断で行われてはならず、国民の代表たる国会が定めた法律に従って行われなければならない。かつての国葬制度を規定した国葬令は、日本国憲法の施行に伴い昭和22年12月31日限りで失効した。吉田茂元首相の「国葬儀」は戦後唯一の先例とされ、その規模並びに弔旗掲揚・黙とうの実施等国民に対する種々の要請を伴う実施方法は事実上の国葬と評価し得るものであったが、当時の政府はその実施にあたり国葬令上の国葬ではないと説明するにとどまり、「国葬儀」実施の法律上の根拠を明確には提示しなかった。後に内閣法制局が法的根拠の不明確さを指摘して以降「国葬儀」は実施されず、その結果として国会でその法律上の根拠が具体的に議論された経緯はない。
 政府は、このたびの「国葬儀」を実施する法律上の根拠について、内閣府設置法に基づき、「国葬儀」を国の儀式として実施する閣議決定を行った旨説明するに至った。もっとも、同法は講学上行政組織法に分類され、政府が指摘する同法第4条第3項33号は「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務」を内閣の所掌事務とする趣旨の規律であると理解されており、葬儀の対象及び実施手続につき法律上の規定のない「国葬儀」を国の儀式として実施できる権限を内閣に付与したものではないから、内閣府設置法に基づく閣議決定は「国葬儀」実施の法律上の根拠とはなり得ない。結局、このたびの「国葬儀」を閣議決定により実施する法律上の根拠は、先例時と同様、依然として示されないままである。
 法律による行政の原理のもとでは、内閣府設置法とは別に、葬儀の対象及びその実施の手続を定めた法律が存在しない限り、政府が行政活動として葬儀を実施することには極めて慎重でなければならない。加えて、憲法研究者らにより2022年8月3日に発表された「政府による安倍元首相の国葬の決定は、日本国憲法に反する-憲法研究者による声明-」では、「国葬儀」の開催にあたり政府が求める内容・方法によっては、国民の思想良心の自由(憲法19条)、信教の自由(憲法20条)及び表現の自由(憲法21条)の侵害となり得ること、「国葬儀」の実施そのものが個人の尊重を規定する憲法13条に違反すること、予備費の支出につき本来大災害やコロナ対応等の不測の事態に充てるべきであり国会での審議を求めるのが筋である(憲法83条)ことなど、「国葬儀」の実施に伴う種々の憲法上の問題点を指摘している。個人の立場によっては研究者らが指摘するとおり憲法上の問題に直面する現実的な危険が生じるおそれがある。
 憲法上の問題を含む様々な世論が存在する「国葬儀」の実施を時の政府が閣議決定のみをもって決定することが、国民生活に対する公権力の恣意的介入を防ぐとともに行政活動を民主的コントロールに置くことを趣旨とする法律による行政の原理を毀損する不適切な先例となることを危惧する。閣議決定を根拠とする「国葬儀」の実施に強く反対するとともに、「国葬儀」を用いて故人を悼むことの是非につき、国会において慎重に審議されることを望む。

以上

2022(令和4)年9月14日
埼玉弁護士会 会長 白鳥 敏男

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