2023.05.11

不同意わいせつ罪及び不同意性交等罪の構成要件の明確化を求める会長声明

  1.  現在、強制わいせつ罪を不同意わいせつ罪と改め、強制性交等罪を不同意性交等罪と改める等の内容の刑法改正案(以下「本改正案」という。)が、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会での審議を経て、2023(令和5)年3月14日に閣議決定され、国会で審議が開始されたところである。

  2.  本改正案は、現行刑法の暴行脅迫要件及び抗拒不能要件が不明確であるとの批判があること等を踏まえ、相手方の同意のない性的行為を処罰すべきことを明確にするため、「次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて」、わいせつな行為をした者を6月以上10年以下の拘禁刑に処し(不同意わいせつ罪。本改正案第176条第1項)、性交等をした者を5年以上の有期拘禁刑に処する(不同意性交等罪。本改正案第177条第1項)こととしている。そして、「次に掲げる行為又は事由」として、例えば、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。」(第8号)など、八つの類型を掲げている。

  3.  もとより、相手方の同意のない性的行為は、相手方の性的自由や性的自己決定権を侵害する行為であって、決して許されず、これが犯罪となることを明確にすること自体に異論はない。
     しかしながら、本改正案は、刑罰法規における明確性の原則等に関し、以下に述べるとおり問題がある。

  4.  罪刑法定主義(憲法第31条)の要請である明確性の原則とは、立法者は刑罰法規の内容を具体的かつ明確に規定しなければならないという原則である。刑罰法規の内容が不明確であると、人々に対して刑罰の対象となる行為を予め適正に告知する機能を果たせず、人々は自身の行動から生じる結果につき予測できないことになって行動の自由を奪われる。また、不明確な刑罰法規に基づくと、裁判所及び捜査機関が、これを恣意的に適用する結果を招きかねない。したがって、明確性の原則を守ることは極めて重要である。
     加えて、処罰されるべき行為が、刑罰法規の不明確性ゆえに処罰されないことがあれば、被害者に対する人権侵害が放置されることになる。

  5.  これを本改正案について見ると、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会においても指摘した委員がいたように、上述の各類型における表現中に明確性の原則に抵触する疑いのあるものがあり、また、「その他これらに類する行為又は事由」と規定したことは明確性の原則に抵触する疑いがある。
     例えば、上述の「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。」(第8号)との要件は、非常に広範な場合を含みうるものであり、「憂慮」という主観的要件を取り入れたこととも相まって、構成要件として相当に不明確であるといわざるを得ない。
     また、「心身の障害」「があること」(第2号)や「アルコール」「の影響があること」(第3号)との要件については、そもそも心身に障害がある者や飲酒した者の自由な意思や能力は常に否定されるべきとはいえないため、「心身の障害」や「アルコールの影響」がどの程度あれば「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」にあったと判断すべきか明らかでない。その結果、行為者がいかなる状態を認識していた場合に故意が認められるかも明らかではなく、個々の裁判所ないし捜査機関の判断が恣意的に行われるおそれがある。
     まして、各類型について、「これらに類する行為又は事由」をも構成要件とするのでは、構成要件該当性はさらに不明確となる。
     このような不明確な構成要件では、たとえ例示列挙であるとしても、人々の行動に関する予測可能性を確保できるとは言いがたく、また、裁判所及び捜査機関により恣意的に適用されるおそれがある。
     この恣意的な適用という点に関しては、犯人とされた者にとって処罰されるべきでない行為が処罰されるという危険につながるのみならず、被害者にとっても処罰されるべき行為が処罰されないという事態につながりかねないものであるから、構成要件が不明確であることは被害者保護の観点からも問題がある。

  6.  以上のことから、当会は、本改正案について、今後の国会における慎重な審議を通じて、構成要件の十分な明確化がなされることを強く求めるものである。

以上

2023(令和5)年5月10日
埼玉弁護士会 会長 尾崎 康

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