2023.05.24

特定商取引法の抜本的改正を求める意見書

2023(令和5)年4月12日

埼玉弁護士会
会長 尾崎 康

第1 意見の趣旨

 高齢者等の訪問販売・電話勧誘販売による被害、インターネット通信販売を巡る被害及び連鎖販売取引を巡る被害を実効的に防止・救済できるよう、特定商取引法について以下のような抜本的な改正を早急に行うことを求める。

  1.  訪問販売・電話勧誘販売について
     高齢者等の訪問販売または電話勧誘販売による被害を実効的に防止するため、訪問販売お断りステッカー、自動音声、拒否者登録制度等による事前拒否者に対する勧誘禁止を規定すること。
  2.  通信販売について
    1.  SNSを利用して特定の相手方に対するやり取り(いわゆるチャット機能)により不意打ち的な勧誘を行う取引類型が電話勧誘販売と共通の特徴を有することを踏まえ、勧誘行為規制、書面交付義務、クーリング・オフ等の規制を設けること。
    2.  インターネット上の取引の匿名性の悪用や広告表示の削除の容易性による被害の防止・救済を図るため、広告・勧誘画面の保存・提供義務、第三者に広告を委託した場合の委託広告である旨の表示義務、SNS運営事業者等の発信者情報確認・開示義務を設けること。
  3.  連鎖販売取引等について
     マルチ取引の被害を実効的に防止・救済するため、①マルチ取引に適合しない契約を防止するため、投資・副業等の情報商材に関する商品・役務を取引対象とすることを禁止すること、一定年齢以下の若年者との契約締結を禁止すること、借入金による契約締結を禁止すること、②いわゆる後出しマルチを連鎖販売取引の適用対象に位置付けること、③不適正なマルチ取引を参入段階でチェックするため登録制・事前確認制等の開業規制を設けること。

第2 意見の理由

  1.  はじめに
     特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)は、消費者被害を生じやすい訪問販売、通信販売、連鎖販売取引等の取引類型を対象に、消費者利益の擁護を目的として、販売業者による不公正な勧誘行為、広告表示、契約条項等について、行政規制、民事規定及び罰則の組み合わせにより、被害防止と救済の実効性ある規律を定める法律である。
     当会は、近年の消費者被害の実情を踏まえ、特に改正の必要性の高い、訪問販売・電話勧誘販売、通信販売及び連鎖販売取引の規定について、特商法の抜本的な見直しを求めるものである。
  2.  訪問販売・電話勧誘販売について
    1.  2016年改正の積み残し課題の見直し時期であること
       訪問販売・電話勧誘販売の被害が高齢者に集中していることから、事前拒否者に対する訪問勧誘・電話勧誘の禁止(訪問販売お断りステッカー、電話勧誘お断り自動音声、拒否者登録制度。いわゆるDo Not Knock、Do Not Call制度)が、2016年改正に当たり検討されたが、産業界の反対により導入が見送られた。ただし、高齢者の被害防止が喫緊の課題であることから、衆議院・参議院の各特別委員会の附帯決議において、引き続き高齢者の被害が多発した場合は、諸外国の取組等も参考にしつつ、勧誘規制の強化についての検討を行うことが要請された。特商法2016年改正の附則第6条は、改正法の施行後5年を経過した場合において、改正法の施行状況について検討を加え、必要に応じて所要の措置を講ずるよう定めている。2017年12月1日施行の5年後(2022年12月1日)を経過した本年は見直しを行うべき時期である。
    2.  高齢者の訪問販売・電話勧誘販売の被害が多発していること
       改正法施行以降の実情を見ると、70歳以上の高齢者の訪問販売被害は、訪問販売に係る相談件数の38.6%(2017年度)から39.6%(2021年度)と高い水準で推移しており、相談件数は年間3万件を超える状況で推移している。電話勧誘販売における70歳以上の被害相談も38.1%(2017年度)から35.1%(2021年度)と高い水準で推移している(国民生活センター「PIO-NETに見る2017年度の消費生活相談の概要」8頁及び同「PIO-NETに見る2021年度の消費生活相談の概要」8頁)。高齢者の高い在宅率と判断力や気力の減退により対面勧誘行為が始まってからでは断ることが困難であるという現実が伺える。高齢社会が進む中で、高齢者の訪問販売・電話勧誘販売被害はさらに拡大するおそれがある。
       こうした事態は前記附帯決議が指摘している「引き続き高齢者の被害が多発した場合」に正に該当する状況である。
    3.  外国法制においても導入が進んでいること
       外国法制を参考にすると、電話勧誘販売に対し、拒否者の登録をした電話番号へ勧誘の架電を禁止する、いわゆる「Do Not Call」は既に23もの国と地域で導入されている。訪問販売で事前の登録者に対する訪問販売を禁止する、いわゆる「Do Not Knock」は既に6の国と地域に導入され、徐々に広がりを見せている。
       高齢者被害が訪問販売や電話勧誘販売において多発していること、対面勧誘が始まると高齢者は断るに断れないため被害に至ることを踏まえると、事前拒否者の保護を厚くすることは必須である。
    4.  ほとんどの消費者が「必要ない・来てほしくない」と考えていること
       2015年2月に全国消費者団体連絡会が行った「消費者契約に関する意識調査」によると、訪問販売及び電話勧誘販売について「必要ない・来てほしくない」と考えている人の割合は96.3%であった。同年3月に消費者庁が行った「消費者の訪問勧誘・電話勧誘・FAX勧誘に関する意識調査」によると、訪問販売及び電話勧誘販売について「必要ない・来てほしくない」と考えている人の割合は、前者は96.2%、後者は96.4%であった。つまり、ほとんどの消費者が訪問販売と電話勧誘販売に対して拒絶する意識を有していることがわかる。
       本意見書が提案する事前拒否者に対する勧誘禁止は、訪問販売・電話勧誘販売の営業活動自体を原則的に禁止する制度ではなく、消費者が訪問勧誘・電話勧誘を拒否する意思表明を事前に明示した場合に、当該消費者に対する勧誘活動を規制するものである。つまり、顧客の意思を尊重するという営業活動における基本的な価値判断であり、決して営業活動に対する過剰な規制ではない。
       したがって、高齢者の訪問販売・電話勧誘販売被害を防止するための実効性ある措置として、事前拒否者への勧誘禁止は必要かつ相当な対策である。
    5.  被害発生のおそれが低い取引類型の適用除外
       これに対し、訪問勧誘や電話勧誘による消費者への情報提供や購入機会の提供が社会的に有用性が認められるケースがあることを踏まえ、消費者被害が発生するおそれが低いと認められる取引類型について、一定範囲で適用除外とすることの検討はあってよいと考えられる。
       例えば、高齢者世帯や乳幼児を抱える世帯など外出が難しい世帯を訪問して食料品などを配達する食材・夕食宅配サービスの継続的契約や従来から定着してきた牛乳等の宅配サービスは、契約金額も比較的低廉でありかつ高齢化社会の進行や新型コロナウイルス感染症の流行等の社会状況において消費者の需要に応える形で定着している。また、新聞宅配制度は読者世帯を訪問して宅配の契約を獲得して配達されるシステムであるが、自由で民主的な世論形成に不可欠な存在として定着してきた。ただし、新聞の訪問販売については、過度な顧客獲得活動に伴い商品・役務別相談件数の第4位5,243件を占め、長期契約の勧誘により平均契約金額が39,080円に上っている(国民生活センター「2022年版消費生活年報」24~27頁)。
       そこで、例えば、代金額1万円~2万円程度の契約金額または4~5か月程度の契約期間に対応する金額のいずれか低い金額の契約については、事前拒否者に対する勧誘禁止の適用除外規定を設けることが考えられる。
  3.  インターネット通信販売について
    1.  SNS関連の消費生活相談が増加していること
       内閣府消費者委員会「デジタル化に伴う消費者問題WG報告書」によれば、SNS関連の消費生活相談の件数は、2017年度には15,709件であったのに対し、2021年度には50,406件にまで大幅に増加した。2021年度の電話勧誘販売の相談件数45,324件を上回る状況であり、到底放置できない。
       相談者の年齢層は、2017年度は20歳代が多数を占めていたが、2021年度は、20歳代から50歳代に至るまで被害が広がっている。社会のデジタル化が進むにつれて、SNSを利用する年代も広がりを見せており、SNSを利用した勧誘のトラブルは今後も拡大することが予想される。
    2.  チャット機能による勧誘は電話勧誘販売の特徴に類似していること
       SNSの仕組みには、不特定多数向けにメッセージを発信する投稿機能と、特定の相手方との間でメッセージをやり取りするチャット機能があり、前者は広告の要素が強いのに対し、後者は電話勧誘と同様に個別的勧誘の要素が強い。特に、SNSではプッシュ通知機能や既読確認機能の利用が一般化していることから、受信者としては返信を迫られる意識が強くなっている傾向がある。こうした特徴も電話勧誘販売と類似している。
       とりわけ、不特定多数向けのWebサイトやSNSの投稿機能において、勧誘目的を告げないで消費者にチャット機能への登録(いわゆる友だち登録)を促し、登録した消費者に対し情報商材やマルチ取引などの欺瞞的な勧誘を展開する手口が横行している。消費者にとっては不意打ち的に個別勧誘のやり取りの場に引き込まれるものであり、電話勧誘販売と共通性がある。
       しかも、SNSは、匿名でアカウントを設定し、匿名・仮名でメッセージを発信することができるため、無責任な勧誘が生じやすいうえ、受信者側で発信者を特定する情報が得ることができず、被害救済が著しく困難となっている。この点は電話勧誘販売以上に救済が困難な実情がある。
    3.  チャット機能による不意打ち勧誘の契約に対する新たな規制のあり方
       そこで、特定の相手方に対しチャット機能を利用して不意打ち的な勧誘方法を用いる取引類型(いわば「チャット勧誘販売」と呼ぶべき類型)を新たに規制対象として設定し、電話勧誘販売の規制を参考にして実効性ある規律を設けるべきである。
       具体的には、①チャット機能による個別的勧誘を開始するに先立って、事業者名・商品の種類・勧誘目的等の明示義務を設けること(連絡先の表示も必要である)、②拒否者に対する勧誘禁止を設けるとともに、電子メール広告の送信規制と同様に事前の請求のない迷惑広告チャットの送信禁止を設けること、③不実告知・不告知・断定的判断提供の禁止、困惑させる行為の禁止等の勧誘行為規制を設け、違反行為に対する行政規制、罰則のほか、誤認・困惑による契約の取消権を設けること、④Webサイト・SNS画面上の契約申込みにおける申込確認画面の表示義務事項及び誇大表示禁止を設け、違反行為に対する行政規制・罰則・取消権を設けること、⑤契約申込・締結時の書面交付義務及びクーリング・オフ規定を設けることが必要である。
    4.  インターネット通信販売における匿名性の悪用に対する措置
       以上のチャット勧誘販売に対する新たな規制とは別に、インターネット上のWebサイト広告やSNSの投稿機能・チャット機能による広告・勧誘を通じたトラブルとして、匿名性を悪用して発信者を隠匿または偽装した広告表示や、広告・メッセージの削除・変更の容易性を悪用して不当な広告・メッセージを短期間のうちに削除することにより、不当表示・不当勧誘の証拠を隠滅し責任追及を逃れようとする悪質な手口が横行している。
       そこで、Webサイト広告やSNSを利用して営業活動を行う事業者に対し、広告・メッセージを一定期間保存する義務及び消費者の請求に対し当該広告・メッセージを開示する義務を設けるべきである。デジタル技術の進展により、Web広告やSNSメッセージを当該事業者が保存することは技術的にもコスト面でもさほど過大な負担とはならないと考えられる。
       また、Web広告とSNSメッセージを通じて、インターネット通信販売業者がアフィリエイト広告など第三者に広告・勧誘を委託してリンク先の自社サイトで契約を締結するという仕組みが広がっている。また、ブログやSNSにおいて、販売業者から委託を受けた広告であることを表示しないで、第三者の中立的なコメントや体験談であるかのように誤認させる広告表示(ステルスマーケッティング)が広がっている。
       そこで、Web広告とSNSメッセージを通じて、販売業者が第三者に広告・勧誘を委託する場合は、受託者の広告・メッセージ画面において委託を受けた広告である旨の表示を義務付け、委託元販売業者と受託者との共同責任にとして位置付けるべきである。
    5.  SNS運営事業者の発信者情報確認・開示義務
       SNSを利用したメッセージ(チャット機能・投稿機能を通じて)について不当表示や不当勧誘行為の問題が生じた場合、SNS運営事業者に対し発信者の氏名や連絡先の開示を求めても、通信の秘密であるとして発信者情報の確認や開示に応じようとしない実態がある。利用者本人や代理人弁護士からの問い合わせに回答しないばかりか、弁護士法23条の2に基づく照会手続に対しても回答を拒否する取り扱いが横行している。
       しかし、広告・メッセージを通じて通信手段により契約の申込みを受ける取引は、通信販売として販売業者名・連絡先等の広告表示義務(特商法11条)が科されているのであるから、義務的表示事項は通信の秘密の対象外として取り扱うべきである。前記チャット勧誘販売における勧誘目的明示義務について連絡先も表示することを規定することにより、これも通信の秘密の対象外と取り扱うべきである。
       そもそもSNSのアカウント開設に当たり、本人確認・連絡先確認が行われていない現状の改善も求められる。この点は、取引デジタルプラットフォーム消費者保護法が、プラットフォーム運営事業者に対し発信者の身元情報確認努力義務を定め、消費者に発信者情報開示請求権を規定していることを参考に、SNS運営事業者に対しても通信販売の広告やチャット機能によるメッセージについて発信者情報の確認義務と開示請求に対する開示義務を設けるべきである。
  4.  連鎖販売取引等について
    1.  連鎖販売取引の相談件数の推移と特徴
       連鎖販売取引に係る消費生活相談件数は、クレジット契約を利用したマルチ商法が横行した2002年度から2007年度の間は年間2万件以上で推移していたが、2008年割賦販売法改正により、特定商取引法対象取引6類型における個別信用購入あっせん業者の加盟店調査義務、不当勧誘行為による個別クレジット契約の取消権等が導入されたことに伴い、いったんは1万件以下に減少した。しかし、その後、消費者金融を利用させて契約させる手口、投資・副業等の情報商材を取引対象とするモノなしマルチの手口、Web会議システム・動画サイト・SNSのチャット機能などを利用した勧誘の手口などが横行し、相談件数が年間約1万件前後のまま現在に至っている(国民生活センター「消費生活年報」)。マルチ取引に関する年代別相談件数の割合をみると、20歳代の若年者が43.6%を占めている。このことから、社会経験や取引経験の乏しい若年者が、巧妙かつ多様な勧誘手法によって、仲間を増やして儲けにつながるという幻惑的なマルチ取引に誘い込まれていることがわかる。2022年4月1日より成年年齢が20歳から18歳に引き下げられたことに伴い、若年者のマルチ取引被害がさらに拡大するおそれがある。
    2.  マルチ取引の近年の事案の特徴
       マルチ取引における取扱い商品・役務を見ると、以前には、健康食品、化粧品、婦人下着等の消耗品が中心であったが、近年は、内職・副業、ファンド型投資商品、金融コンサルティング、その他金融関連サービス、ビジネス教室、外国為替証拠金取引など投資・副業・儲け話の商材が34.2%を占めている(国民生活センター「消費生活年報2022」24頁)。投資・副業等の儲け話により誘い込むモノなしマルチの事案が横行していることが顕著な特徴である。
       しかも、マルチ取引に係る消費生活相談事案の平均契約金額が、2000年度48万円、2010年度84万円、2021年度147万円と大幅に増額している(各年度の消費生活年報)。これも、投資・副業等の儲け話の情報商材のために高額の先行投資をさせる手口が増えていることの反映であるといえる。取引経験の乏しい若年者が儲け話に幻惑されて、借金によって高額の契約を締結するという被害の特徴が示されている。
    3.  マルチ取引に不適合な商品・役務、契約当事者及び財源の禁止
      1.  投資・副業等の情報商材に関する商品・役務を取引対象とするモノなしマルチは、取引対象自体の儲け話と勧誘活動による儲け話とが混在する不明朗な取引であり、かつ契約者が他の者に対しその仕組みとリスクを正確に説明することが困難であって、勧誘上のトラブルが生じやすい。しかも、設定した流通システムを通じて反復継続して販売される商品・役務ではないため、結局は他の者を勧誘して特定利益の獲得を主目的として会員拡大に走り、破綻必至の構造となる危険性が高い。
         したがって、こうした投資・副業等の情報商材は、連鎖販売取引の対象商品・役務とすることを禁止すべきである。
      2.  マルチ取引は取扱い商品・役務の価値と販売見通しの知識や、会員拡大活動の見通しの分析力や、勧誘活動に時間を割く生活環境の確保など、複雑な判断と資金力を必要とするリスクの高い取引であり、取引経験の乏しい若年者はそもそも適合性が欠ける。とりわけ大学生や専門学校生が約7割を占める22歳以下の若年者は、こうした取引経験や社会経験が乏しいうえ、勧誘活動に時間を割く生活環境も確保できないし、アルバイト収入も乏しいと考えられる。
         したがって、22歳以下の若年者をマルチ取引の契約対象者とすること自体を禁止すべきである。
      3.  借入金によりマルチ取引を行うことは、借入金額を超える収入を回収するため他の者を勧誘し下位会員を獲得する活動をせざるを得ない状況に追いやられる。何よりも、借入金額を超える特定利益が得られるという不当勧誘行為が推認される状況だといえる。現行特商法は、連鎖販売取引の契約代金を借り入れるため支払能力の虚偽申告をさせる行為や意に反して貸金業者の事務所に連行することは禁止されているが(特商法38条1項4号、省令31条8号)、ローン・クレジットの利用を勧める行為自体は禁止されていない。
         したがって、マルチ取引の代金の支払いのためローン・クレジットの利用を勧誘することを禁止することはもちろん、借入金・立替金を財源として代金を支払う事情を事業者が知りながらマルチ取引の契約を締結することも禁止行為とすべきである。
    4.  後出しマルチを連鎖販売取引の適用対象に追加すること及び特定利益の収受等の仕組みについて説明義務を規定すること
       他の者を紹介・勧誘して成約するとその売り上げに応じて特定利益を提供するマルチ取引の仕組みを有しているのに、消費者の反応を見ながら商品・役務の有利性の説明を強調して特定利益の提供の説明をあいまいにし、商品・役務の契約を締結した後に当該商品・役務の品質や利益獲得の虚偽性をすり替える形で、他の者を勧誘すると利益が得られると告げる「後出しマルチ」と呼ばれる手法が横行している。商材自体による利益と勧誘活動による利益を混在させる巧妙な勧誘手口により、儲け話に乗せられた若年者に被害が多く発生している。
       後出しマルチは、「特定利益を収受し得ることをもって誘引し」という連鎖販売取引の定義(法33条)に照らし、適用の可否について疑義が生じる可能性がある。しかし、マルチ取引の危険性の本質は、自己の損失を回収・転嫁するためまたは下位会員の活動による不労所得を獲得するため、不当勧誘行為を誘発しやすい配当システムの仕組みにある。特定利益収受の仕組みを契約の勧誘段階で説明されることにより契約締結の意思形成につながる消費者がいる一方で、その仕組みを説明されることにより危険な取引であるとして契約を締結しない意思形成につながる消費者も少なくないことに鑑み、契約締結の判断に影響を及ぼす重要事項を告げないで勧誘することは不法行為を構成すると解される(東京地判平28・11・10LEX/DB、Web版国民生活2020年6月号33頁)。
       そこで、特定利益収受の契約条件を伴う商品・役務の販売契約を、連鎖販売取引の一類型として定義規定に追加するとともに、連鎖販売取引の勧誘に際し特定利益収受及び特定負担の仕組み並びに連鎖販売取引のリスクについて分かりやすく説明する義務を定めることが必要である。
    5.  不適正なマルチ取引を参入段階で審査する開業規制を設けること
       マルチ取引は、他の者を勧誘して特定利益を収受し得る仕組みとその実現可能性、取扱商品・役務の品質・効果と販売価格とのバランスなどを総合的に分析しなければ、持続可能な流通システムか破綻のおそれが強い欺瞞的商法かの判別は困難であるところ、一般消費者の立場で契約締結前後に入手し得る情報によって判断することは到底無理である。
       そこで、不適正なマルチ取引業者を参入段階で審査し排除する開業規制を設けるべきである。事前審査事項は、商品・役務の内容と価格が実態を伴うものか、特定利益の配分システムが持続可能なものか、トラブル防止体制や苦情処理体制の存在などが必要である。無登録事業者に対しては、罰則対象とするほか、早期の被害防止のため取引禁止命令を設けること、並びに取引の無効を定めることが必要である。
       参入規制の導入に対しては、国のお墨付きを得たと称して利用されるおそれがあるとの見解がある。しかし、参入規制は、モノなしマルチや流通実態を欠く商品・役務のマルチ取引被害を事業開始段階で未然防止する効果が期待できること、1年ごとの更新審査を定めることにより参入後の事業者についても早期の被害拡大防止を図ることが期待できる。
  5.  まとめ
     以上の課題はいずれも深刻な被害が現に発生・増大している問題であり、消費者庁または消費者委員会において速やかに実態調査を行い法規制のあり方について検討を開始すべきである。

    以 上

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