2023.07.07

現行刑事訴訟法における「再審法」の速やかな改正を求める総会決議

第1 決議の趣旨

 政府及び国会に対し,「えん罪被害者の尊厳回復」「無辜の救済」のための刑事司法改革がなされるべく,現行刑事訴訟法上の再審に関する規定(刑事訴訟法第4編)について,少なくとも①再審請求手続きにおける全面的な証拠開示の制度化及び②再審開始決定に対する検察官による不服申立てを禁止することを内容とする,速やかな法改正を行うことを求める。

第2 決議の理由

1 現行刑事訴訟法の「再審法」問題の根源

  1.  再審とは,誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を救済することを目的とする制度である。無実の者が処罰されることは絶対に許されないのであり,誤判の合理的疑いが生じた場合には,同制度を通じて,速やかにえん罪被害者の尊厳回復,無辜の救済が図られなければならない。
     しかしながら,2018(平成30)年から2022(令和4)年の5年間で再審開始決定が確定したのは年間0~1件にとどまり,極めて低調に推移している。1980年代の死刑再審4事件(免田事件,財田川事件,松山事件,島田事件)や,2010年代以降の複数の再審無罪事件(布川事件,東京電力女性社員殺害事件,東住吉事件,松橋事件,湖東事件)などを見れば,再審開始決定の低調さが,えん罪がほぼ発生していない結果であると評価するのは困難である。むしろ,下級審で通算3度再審開始決定が出ていながら最高裁が再審開始決定を否定した大崎事件や,後に詳述する袴田事件などからすれば,再審開始決定が低調であるのは,えん罪被害者の救済のための再審制度が十分に機能していないためと理解せざるを得ない。
  2.  現行刑事訴訟法上の再審に関する規定(刑事訴訟法第4編,以下「再審法」という。)は,第435条から第453条までのわずか19条しか存在していない。しかも再審請求手続きにおける審理のあり方については,刑事訴訟法第445条が「裁判所は,必要があるときは,再審請求の理由について,事実の取調べを行うことができる」旨を定めているにすぎず,再審請求人の権利保護のための手続規定は一切設けられていない。そのため,再審請求審及び再審の審理方法は,職権主義的構造とされ,裁判所の広い自由な裁量に委ねられている状況である。その結果,再審の係属裁判所によって,再審に関する審理過程や結果が大きく変わりかねないという「再審格差」の問題が指摘されている。裁判所ごとに審理や決定のあり方が大きく異なる状態は,法の公正・公平と程遠いものであり,その審理も到底信頼を得られない。
     これは,大日本帝国憲法下で定められていた大正刑事訴訟法の再審に関する規定を,ほぼそのまま流用して現行刑事訴訟法の再審規定が定められたことにより生じた問題である。戦後,日本国憲法の施行に伴い,刑事訴訟法の応急的措置に関する法律第20条によって,被告人に不利益な再審制度が禁止される「応急的措置」がなされたが,その後の現行刑事訴訟法制定の際,「再審法」には,それ以上何の手当もされなかったのである。
     このため,「再審法」には,以下のような問題がある。
  3. 2 現行刑事訴訟法の「再審法」の問題点

    1.  証拠の保管・開示制度が整備されていない点
      1.  確定判決を争う再審において,新たな証拠の有無が重要であることは論を待たない。しかし,再審請求時には,証拠が時間の経過により消滅していることも多く,また,再審請求人において証拠収集すること自体も極めて困難である。このため,捜査機関が所持する証拠の開示を請求することが重要な手段となるのであり,過去の多くのえん罪事件において,捜査機関の手元にある証拠が再審段階で明らかになり,それがえん罪被害者を救済する大きな原動力となってきた。
         ところが,「再審法」には,証拠の保管・開示の制度が全く存在していない。
         このため,えん罪を証明する重要な手段である捜査機関が所持する証拠の開示は,裁判所の広範な裁量に基づく,強制力のない訴訟指揮としてなされるのみとなっている。その結果,裁判所が証拠の開示を積極的に指揮しないことが生じるばかりか,検察官をはじめとする捜査官の対応によっては裁判所の意図にも反する不開示という結果すら生じているのである。
         これが「再審法」の第一の問題である。
      2.  この原因は現行の「再審法」が,裁判は裁判所が主導するものだとする職権主義訴訟構造を持つ大正刑事訴訟法の規定のまま,裁判は被告人と検察官の争いの中から真実を発見するものだとする当事者主義訴訟構造を持った現行刑事訴訟法に接ぎ木されたことにある。
         職権主義の大正刑事訴訟法では,証拠収集の主体を裁判所とし,裁判所が自ら証拠収集を行い(大正刑事訴訟法第140条,第143条等),あるいは司法警察官に証拠収集を行わせ,書類・押収物を検察官経由で裁判所に差し出すよう定め(同法第153条),全ての証拠が裁判所に提出される構造を採用していた。同法下では,弁護人は裁判所に収集された証拠書類・証拠物を閲覧謄写することができた(同法第44条1項,3項)。したがって,その当時は証拠開示制度がそもそも必要なかった。これに対して,現行刑事訴訟法では当事者主義訴訟構造が採用されたため,通常審における証拠収集のあり方が変更されている。ところが,この変更に対応するための証拠開示制度を整備しないまま,再審に関する規定だけは,大正刑事訴訟法の規定がそのまま維持されてしまったのである。まさにこの点は立法の不備と言わざるを得ない。それが長年改正されずにきたことは立法不作為の問題と指摘できる。
      3.  通常審においても本来は「疑わしきは被告人の利益に」の原則から全面的証拠開示が必要であるが,不利益再審が禁じられた現行の再審制度は,無辜の救済のための制度であり,再審請求時には全面的に証拠が開示される必要性がより高い。
         現在,公判前整理手続きに付された事件については,不十分ながらも,証拠一覧表交付,類型証拠・主張関連証拠開示といった手続きが法定されており,敢えて再審に関する証拠開示手続きを法定しない理由はない。しかも,再審請求時には,警察・検察の手持ち証拠以外の証拠が時間の経過により消滅している危険性が高いと考えられるため,その必要性は一層高く,他方,罪証隠滅や証人威迫といった,証拠開示の弊害も著しく低減していると言えるから,証拠開示の許容性も認められるのである。
         再審における全面的証拠開示については,2016(平成28)年の刑事訴訟法改正において法制審で議論されたものの,改正は先送りとなった経緯がある。この際,改正附則9条3項は「政府は,この法律の公布後,必要に応じ,速やかに,再審請求審における証拠の開示(中略)について検討を行うものとする」としている。再審における全面的証拠開示を明文化する「再審法」改正が必要であることは,立法府自身も認めているところである。
      4.  なお,以上の証拠開示には,その前提として証拠の保管制度も必要である。通常審の過程においても見受けられるような,検察官に未送致の証拠の存在・証拠還付等による証拠散逸といった問題を回避するためにも,証拠の適正な保管義務を新設することは不可欠である。この点,当会は,2012(平成24)年12月1日に総会で採択した裁判員裁判制度再検討の「意見書」において,全面証拠開示とともに,証拠管理を任務とする独立した国家機関「証拠管理庁(仮称)」を創設し,ここに捜査機関が収集・作成した全証拠を送付して管理するよう提言している。
    2.  再審開始決定に対して検察官に不服申立権が認められている点
      1.  現行刑事訴訟法上は,再審開始決定に対して検察官が不服申立てをすることができると理解され,近年は,再審開始決定が下されると検察官が即時抗告,特別抗告を申し立てることが一般化している。これが第二の問題である。
         大正刑事訴訟法では,被告人に不利益な再審制度も許容されていたところ,二重処罰の禁止の理念(憲法第39条)から,「再審法」では,被告人に不利益な再審の請求が禁止されるに至った。そのことを踏まえれば,再審開始決定への被告人に不利益な不服申立てが許容される理由はない。
         この点,海外においても,英米法圏の各国では,通常審においても一般的に検察官による上訴を認めていない。
         フランスでも,予審委員会の付託を経て裁判部が再審・再審査請求に理由があると判断した時は,言い渡された有罪判決を取り消すこととし,この取消決定に対しては不服申立てはできない。
         ドイツでは,実体的真実主義を採用し,今なお利益再審のみならず不利益再審も認められているが,1964年の法改正により,再審開始決定に対する検察官の即時抗告は明文で禁止されている(ドイツ刑事訴訟法第372条但書)。その理由は,再審開始決定によって確定判決が利益変更される蓋然性が認められた以上,確定判決の存在価値が揺らいでいること,仮に検察官が再審開始決定に対して不服があるとしても,再審公判において有罪の主張立証を行うことが可能であること,有罪・無罪の実体判断は,手続きが公開され,直接主義・口頭主義が適用される再審公判でのみ行われるべきであることが挙げられている。これらの理由は,日本の再審制度においても全て当てはまる。
      2.  また,検察官が再審開始決定に対する不服申立てを行うことにより,著しい弊害を生じている。再審請求審の長期化,これに伴う再審請求人・関係者らの高齢化の問題である。殊に,再審開始決定には,当然に刑の執行停止効が伴わないため,再審請求審が長期化することの影響は甚大なものがある。それを端的に示す例が,いわゆる「袴田事件」である。
         「袴田事件」の第二次再審の請求審において,静岡地方裁判所は,2014(平成26)年に再審開始と拘置及び死刑の執行停止を決定した。これに対し検察官が即時抗告をし,東京高等裁判所は,2018(平成30)年,再審請求を棄却する決定をした。これに対して弁護団が特別抗告を申し立て,最高裁判所第三小法廷は,2020(令和2)年,東京高等裁判所の上記決定を取り消し,東京高等裁判所に差し戻すと決定した。これを受けて東京高等裁判所は,本年3月13日,検察官の即時抗告棄却を決定した。同決定に対して,検察官が特別抗告を行わずに再審開始が確定するに至ったが,静岡地方裁判所の再審開始決定から確定まで,実に9年を要したのである。
         しかも,再審公判は未だ開始されておらず,逮捕から47年余り身柄拘束を受け,2014(平成26)年の再審開始決定の際に釈放されたものの,再審開始決定から約9年もの時間を経ながら,袴田巌氏は,いまだ確定死刑囚のままである。このような経過を見れば,「再審法」における検察官の不服申立による影響の甚大さは優に知れる。
      3.  そもそも,再審開始決定は,裁判をやり直すことを決定するにとどまり,有罪・無罪の判断はあらためて再審公判において行われるものである。再審開始決定を受けても検察官が有罪と考えるのであれば,再審公判において主張,立証を尽くせば良いのであり,不服申立てを制限されたとしても,検察官にとって何ら不都合はない。それにも関わらず,いわば中間的な判断に対して検察官の不服申立てを認めていることは,実情に照らせば再審請求手続きの長期化という弊害を生じさせているに過ぎない。再審開始決定がなされたのであれば速やかに再審公判に移行することが必要である。
         したがって,再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁ずる趣旨の法改正がなされるべきである。
    3.  その他の問題点
       他にも「再審法」には問題が多い。例えば,再審事由の解釈において,必ずしも「疑わしきは被告人の利益に」の原則が徹底されているとは言い難い点も問題である。
       代表的な再審事由としては,「有罪の言渡しを受けた者に対して無罪・・・を言渡し,又は原判決において認めた罪よりも軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」という刑事訴訟法第435条6項の事由が挙げられる。同事由が充足されるためには,あらたに発見した「証拠」は,当初はそれ単独で無罪を言い渡すべき明らかな証拠である必要があると理解されていたが,いわゆる白鳥・財田川決定において,原判決が調べた他の証拠と当該証拠を総合的に評価して判断するべきものとされた。同決定は,「疑わしきは被告人の利益に」の原則が,再審請求手続きにも及ぶことを示したものであった。
       しかしながら,同決定を限定的に解釈し,実質的には新証拠のみ又は新証拠と関連性のある旧証拠のみを評価して再審決定の可否を判断する裁判例も出ている。かような判断を防ぐためにも,白鳥・財田川決定の趣旨を明確にするような再審事由自体の改正が必要である。
       また,再審請求権者を拡大すべきことや,国選弁護制度等を新設すること,再審請求人に対する手続保障を中心とする手続規定を整備すること,死刑確定者の再審請求があった時点において執行を即時に停止することなど,現行「再審法」には数々の改正すべき点が指摘されている。
    4. 3 結論

       過去におけるえん罪事件において,再審公判での判決でえん罪被害者を生んだことに対する厳しい言及がされることも珍しくなく,何度も「反省」はされてきた。われわれが,現に厳しく反省するのであれば,誤判の危険を低減させるべく司法制度の改革に取り組まなければならないのはもちろん,それでも誤判を絶無とすることはできない現実に真摯に向き合わなければならない。今も再審開始決定が早期に確定することは稀であり,再審制度を通じたえん罪被害者の救済が進んだと評価することはできない。えん罪被害者の救済のために,わずか19条しかない現在の「再審法」は,本来全面的に改正すべきである。
       他方で,現在もなお多数の再審請求事件が最高裁判所をはじめ各地の裁判所に係属していることに鑑みれば,最低限不可欠な改正のみでも,早急に行われなければならない。
       そこで,当会は,政府及び国会に対し,決議の趣旨のとおり,少なくとも①再審請求手続きにおける全面的な証拠開示の制度化,及び②再審開始決定に対する検察官による不服申立てを禁止することを内容とする,2点について可及的に速やかに「再審法」の改正を行うことを求める次第である。

      2023年6月30日
      埼玉弁護士会定時総会

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