2023.07.18

「袴田事件」の速やかな審理及び袴田巖氏の雪冤を求める会長声明

  1.  2023(令和5)年3月13日、東京高等裁判所第2刑事部(大善文男裁判長)は、いわゆる袴田事件の第二次再審請求について、静岡地方裁判所の再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をした。これに対して検察官が特別抗告を断念したことにより、再審開始決定が確定した。

  2.  袴田事件は、1966(昭和41)年6月30日、静岡県清水市(当時)のみそ製造会社専務宅で、被害者一家4名が殺害された強盗殺人・放火事件である。同社従業員の袴田巖氏が同年8月18日に逮捕され、1968(昭和43)年9月に静岡地方裁判所で死刑判決が言い渡された。その後死刑判決が1980(昭和55)年11月に最高裁判所で確定した。しかし、袴田巖氏は、第1回公判から現在に至るまで自らは犯人でないと争ってきた。
     第二次再審請求審の審理経過は、当会の本年3月13日付け「『袴田事件』再審開始決定支持に対する会長声明」で述べた通りである。2014(平成26)年3月27日の静岡地方裁判所再審開始決定に対して検察官が即時抗告したことによって、これが確定するまでに約9年もの年月を要することとなった。
     本件は事件発生から57年間が経過した。袴田巖氏は、現在87歳の高齢であり、47年余りの長期間の身体拘束によって精神を病んでいる。第二次再審請求の請求人であり、袴田巖氏を献身的に支えてきた実姉の袴田秀子氏は現在90歳になる。袴田巖氏の真の救済のためには一刻の猶予もない。現行刑事訴訟法は再審開始決定に対して検察官が不服申立をし、再審開始決定の確定を引き延ばすことが可能であるが、本件の裁判ではその弊害が如実に現れている。

  3.  本件については、現在、静岡地方裁判所で再審公判に向けた三者協議が行われている。
     本年4月10日に静岡地方裁判所で実施された三者協議において、検察官は、立証方針を明らかにすることなく、立証方針を明らかにするのに7月10日まで要すると述べた。
     本年7月10日検察官が立証方針を明らかにしたが、再審公判において袴田巖氏が犯人であることを立証する、という内容であった。さらに、有罪立証のために、第二次再審請求までに提出された証拠にとどまらず、法医学者の鑑定書等の新たな証拠の取調請求を準備していている、とのことであった。これに対して、弁護団は検察官に対して証拠の開示を求めたが、検察官は、本年7月19日に予定されている三者協議の席上で証拠開示に関して説明すると回答し、証拠の開示に応じなかった。これに対し、本年7月12日、裁判所から検察官に対して、請求予定の未開示証拠を早急に弁護人に開示するよう指示がなされ、これを受けて、検察官が鑑定書等を弁護人に開示した。もっとも、今後の審理の見通しが現時点ではたっておらず、審理の長期化が懸念されている。

  4.  しかし、本件は、第二次再審請求だけでも約15年間という長期間に渡って審理されてきた。その中で、本件の争点は、いわゆる「5点の衣類」が本件の犯行着衣であり袴田巖氏のものであるかに絞られており、この争点に関して検察官と弁護団の双方が主張立証を尽くしてきた。その結果、本年3月13日の東京高等裁判所の決定は、「5点の衣類」が犯行着衣でありかつ袴田巖氏のものであるという認定に合理的な疑いが生じたとする静岡地方裁判所の再審開始決定を支持したのである。さらに、報道によれば、検察官は、本年3月13日の決定に対して、特別抗告をするかを検討し、特別抗告期間満了の直前になって特別抗告を断念した、とのことである。
     このような経過からすると、再審公判において検察官が新たな証拠を準備して袴田巖氏が犯人であることを立証しようとすることは、再審請求手続での審理の蒸し返しになりかねず、妥当ではない。また、検察官が立証方針を定めておきながら、弁護団に証拠を開示するまでに長時間を要することは考えがたい。検察官の対応は、再審公判の開始を引き延ばそうとしているのではないかと疑わざるを得ないのであり、上記の裁判所の指示は、妥当である。
     本件のこれまでの経緯や袴田巖氏と袴田秀子氏が高齢であることに鑑みれば、再審公判では再審請求手続での審理を蒸し返すことなく、迅速な審理により、袴田巖氏に対して無罪判決が言い渡されるべきである。そのために、検察官は、速やかに具体的な主張と立証の予定を明らかにするべきである。また、裁判所は、適切な訴訟指揮をするべきである。

  5.  よって、本件の審理が速やかになされ、袴田巖氏に対する無罪判決がなされることを求める。

以上

2023(令和5)年7月18日
埼玉弁護士会 会長 尾崎 康

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